あらゆる問題の原因は、 対症療法にあったのではないかという考察。
一般的には、熱が出た時に解熱剤を使ったり、痛みがある時に痛み止めを使ったり。
それは、自分自身の問題にも言える事で、ストレスがあるから暴飲暴食したり、買い物セラピーしたりと、その時々には緩和される痛みも、その状態は長くは続かない。
自分がストレスを感じてしまう本当の原因や、その痛みの原因を考えずにその場限りで対処してしまうから、時を超えその問題は振り返す。
自分の内側から溢れるサインや言葉を受け取らずに
ただがむしゃらに外側から埋めようとする。
それは身体だってその声を無視続けられたなら、
強制的に声を聞かすように自ら病気を作ったりしますよね。
西洋医学は、体の悪い部分に直接アプローチし、投薬や手術といった方法で原因を取り除いて治療していく医学。これに対して東洋医学というのは体の不調を内側から根本的に治す医学。
西洋では中世までは「病気は神からの贈り物」と考えられ、積極的に治療しないのが一般的だったが、ルネサンス時代以降は人体の解剖がおこなわれ、さまざまな薬が開発されるといった医学の発展が起こりこの辺りから変わっていきます。
用途に合わせてどちらも大切なんだけど、
近年の医学においてはこのバランスが本当におかしい。
足すことばかりに気を取られて
引く事をまずしない。
元々、身体一つで生まれて来た私達は、そこには本来全て必要なものがあったにも関わらず、不必要なものを日々、足されていく。
もし、今何かに問題があるのなら、体の問題、心の問題、そのどちらもずっと使われてきた対症療法を長年してきた結果なのかも。その場対処で、根本的な原因と向き合うことを避けてきたところが、何がしらあるのかもしれません。
ミラーニューロンという、自分の目の前の人の行動や言動を無意識にコピーしてしまう細胞を私達は持っている。自分がこんな風になりたいというような人が自分の環境にいるのか。そこも大切になってきます。
自分で変えられるもの
自分の周りの環境、付き合う人
時間の配分
自分の思考や意識
お金の使い道
自分で変えれないもの、そうでないものを分けて考えてみる。
そうすれば、現代人がいかに自分では変えられないものに悩み、自分の時間を費やしていたのかがわかるはず。