雨の日と秩序。
つくづく思う、雨の日は嫌いだ。
今日の帰りも雨である。
こんな日に限って、淡いベージュのチノパンを履いている。濡れたところの色がすっかりと変わってしまった。
・・・
今日の5限目は、楽しくもつまらなくもなかった。寝かせてはくれないけれど、時計ばかりが気になるような授業。先生にも技量があるのかないのかわからない。機械のようにメモをとる。
なんとかそれを終えて外に出ると、立派な雨が降っていた。雨が降る覚悟は朝からしていた。だからちゃんと折り畳み傘を持っていた。それを広げる。
大学から最寄り駅までは20分ほど。何も考えないようにして歩く。雨は、私の進行方向から降ってきていた。傘をなるべく前に傾ける。
何かでもらった安物の傘は今にも雨を通しそうだが、案外私のことを守ってくれている。雨の下で、何か守られているという安心感は、私を雨の日を大嫌いにはさせないものの一つだった。
家に帰り着いたら最大音量でKIRINJIの『雨は毛布のように』を聴くにかぎる。雨のなかの私を励ましてくれるのはこれだけだった。
傘を前に傾けていたものだから、周りの景色がほとんど見えず、気がついたらそろそろ駅に着こうかという場所までやってきていた。
でも、そこから駅までは坂なのだ。帰りなので下りではあるものの、坂というのは上りでも下りでもどうせ雨には濡れる仕組みである。坂は嫌いだ。
下を向いて歩いていたので、雨の流れがよく見えた。下り坂に合わせて、雨も同じように下方向にながれていた。
それを眺めながら、5限目に受けた授業で聞いた、「秩序」という言葉を思い出す。フランス革命と雨は違う。雨は秩序によって流れているわけではない。しかし、一回そう思ってしまったら雨は秩序だとしか思えなくなった。
はて、これはなんなのだろうか。
一つ、自分の中で新しい表現を見つけただけである。そのお陰か、雨だけれど少し気分がいい。嫌いなものの中に好きなものを見つけることって、大事なことなのかもしれない。
よろしければぜひ♡