写真を撮ること、文化祭とか。
母校の文化祭に行ってきた。
人生で一番と言っても過言ではないほどに好きな行事。懐かしい人たちに出会うと、思い出すものがたくさんある。
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高校生のとき、クラスの真ん中にいる子たちは何故にあれほどにシャッターを切るのだろう、と思っていた。
だって、大事なことは心が覚えているはずだし。どうせInstagramにあげるためだけだろうって。
今日、1年ぶりに高校に行った。
先生方とお話して、先輩方にも会って、変わっていないものと変わったものを感じた。
私が書いた生徒会のファイルはまだ残っていたし、部活の看板はそのままだった。校舎の香りも、図書館の司書さんも、4階の端の階段の静けさとかも。
けれど、企画投票は100均のシールじゃなかった。4年前の夏休み、キンキンに冷えた社会科室でシールの大きさに合わせてマッキーでひたすらマス目を作った思い出は、誰にも共感してもらえないみたい。あれ、目めっちゃ疲れるんだよ?
弟のInstagramのストーリーズ観ながら思った、ちゃんと高校生にもBeRealってあるんだなぁ。
そりゃそうだ、大学生より高校生の方がトレンドに敏感だもん。使ってないわけないよなぁ。
そう考えると、みんなで写真を撮ること、それはいつか大人になったときに見返して、かつての青春を懐かしむためなのかもしれない。
私がいつかの記憶力に任せた青い時代は、ほとんどが忘れられていて、あまりにも濃すぎるハイライトしか持っていない。
それもそれで私の青春だけど。
ちょっとずつ感じた私の心の機微はこのアカウントを古い順にすれば見られるし。
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最近になって、写真を撮りたがる若者の気持ちがわかるような気がする。今の一瞬をどれだけ忘れやすいか、きっと今の私は知らないのだ。
#JKブランド とか。ちゃんと「ブランド品なんだ」って思って、そんはハッシュタグをつけてInstagramに生きる高校時代も楽しかったのかもしれない。
それでも私は、きっと何回戻っても、写真を撮るのが気恥ずかしくて、クラスの端で笑っていることしかできない気がする。そういう人間だもん。
写真がダメなら、結局は持ち合わせている語彙でいま感じている気持ちを何とか書き表すして、残しておくしかない。
来年の今頃はどうなっているだろう?
世界、なるべく狭めないようにしたいなぁ。
また会えたらいい。
高校生ってキラキラしててみんな本当に素敵。
/備忘録。
授業も部活も持っていただいてなかった先生、もしかして掃除当番じゃないかしら?それならお互いに顔見知りなのも説明がつくかもしれない。来年、もし覚えていてくだすったら、是非答え合わせしましょう、
よろしければぜひ♡