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私のエンディングノート。

2025版のエンディングノート。
色んな場所において
元気なうちに撒き散らしておくのが大事だな
と思うので書いておく。

何歳であっても
胃瘻はしない。絶対に。
それは食いしん坊の私にとって舌で味わう事ができなくなったらそれは末期だと思うから。美味しいものはたらふく食べた。だからもう要らない。
あとは枯れていけばいい。
同じように気切もしない。したくない。
その選択を誰かに任せたくない。
自分でする。自分の身体だから。
胃瘻も気切もしない。何歳でも。
健脚でいたいとは思うけどTHAもTKAも70才ぐらいを境目にするつもりはない。
オペが怖いとかなんかは全くなく
ただ、ただ、延命全般に前向きにはなれないからだ。たくさんの選択を誰かがするのが嫌なのだ。
私が私であるためにオピオイドもケモもウエルカムだけど最後の選択は自分でしたい。
ちなみに臓器提供も全てする。
そして、私の身体は献体に。
その昔昔まだ実家で暮らしてた時に脳死とか移植とかのニュースをしててたまたま一緒にテレビをみてた父に何気なく聞いた事がある。

私が脳死判定されたら臓器提供どうする?

父の答えは意外なものだった。

そうだねー
それはちょっといやだね。



えー!!!マジか!
このボランタリー精神とスポーツマンシップの塊で私の事を糸の切れた風船の如くデキの悪い私にため息ばかりなのにwww意外すぎるー

と驚いたのだった。

その父の骨も拾った。
私も親になった。
だからこそ私は立派な棺は要らないし
だからと言って納体袋だとちょっと遺された人が不憫だしwww1番有効な活用法として献体を選ぶ。
献体先は今だとわりと選びやすい。
住んでる街と献体でググると意外にすぐ出てくるのだ。未来へ貢献出来る旅立ちだなんていいじゃない。という事で私は絶対に病院で死にたいw

自宅で息を引き取りたい

とは何故か思わないのだ。
それはあまりにも周りの負担が大きすぎるし
病院での最後というのに全く悲観的なイメージがないのだ。完全空調の病院ってサイコーじゃね?

ちなみに遺影はLINEのアイコンなどにも使っているあの三十路記念のお着物写真一択だったんだけど
今年あたりに巨匠に撮ってもらう予定
きっと、多分、

赤いワンピースを着てると思う。


ちなみにお墓に入るという選択はしないつもり。
今のところ西日本なので部分収骨が多い。
収骨しない、という選択をしたい。
出来なければ掌に収まるだけ
拾って海洋散骨して欲しい。
海はどこでもいい。
海はどこだって繋がっているから。

とこれまで書いたのは
無事に枯れるように病室で亡くなったパターン。
旅先とか事故とか他殺とかwww
どんやパターンで終わるかは分からない。
誰にもわからない。
ただ、それでも
自分の意思は書いておきたいのだ。

2025.1.5



いつも静かなこちらで
今年の初お茶
花びら餅で一服

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