あなた
…実は僕たちは貧乏だった。
電話の回線を入れることも出来ず、テレビはモノクロ。
エアコンなんて殆どの家には無く、真夏には扇風機で涼をとっていた。
電気のブレーカーは真っ赤な箱の10Aで、それでもどうにか事足りていた。
自家用車なんて高嶺の花も良いところで、街に買い物に行くときにはバスを使った。
それも月に数度有るか無いか。
それでも子供には少しでも贅沢はさせたいのが親心。
実用車みたいなフレームに、クロームメッキのピカピカの泥除けと、車のAT車みたいなシフトレバーを装備した自転車に乗るのは、恥ずかしさと喜びの入り交じった快感があった。
親父は原付バイクで街の会社へと通い、母は女性用の実用車で(ブレーキを鉄の棒でリンクさせているヤツ)飲食店でパートで働いていた。
働いて、そして生きていた。
小坂明子が歌った「あなた」。
ここに出てくるような小さな幸せの風景には嘘は無い。
ティーンの女の子が夢見るような生活(くらし)は、細やかで…ほんの少しだけ現実よりも上を行くような、小さな小さな夢の世界だった。
今の若い人たちには、誤解されたくない。
私たちは貧しかった。
小さな日々の積み重ねと、小さな夢の世界に憧れながら、未来を歌に託していた。
あの「小さな家」に戻りたいと思うときがある。
懐かしい、あの家に。