いつだって晩餐は温かい 隣り合い、友情が紡いでいくテーブルを囲むひととき「晩餐ブルース」
自分が大勢側にいると自覚すればするほど、何気ない言葉に傷つく人たちのことを忘れ、少数の声には知ったようなフリして触らない、当たらないでやり過ごそうとしてしまう。自分は平気だと、こっち側なのだと思い込んでただ日々を生きていく。待てよ、こんなんだっけ、これって合ってるんだっけ。自分らしいって何だよ、分からなくなって夜空なんか見上げちゃって、メランコリー。でも容赦なく明日は来る。
立ち止まることを許されず一向に減らないToDoリストに押し出されるように過ごしていたディレクター、人の気持ちに鈍感になりすぎてなぜこの仕事を目指したのか見失ってしまった料理人、表向きの自分と本当の自分のギャップに苦しむバツイチのコンビニ店長三人が「晩餐を囲む」というシンプルな営みを通し、体温を取り戻していく、そんなドラマがこの冬に爆誕した。それが「晩餐ブルース」
1.ドラマと料理は最強コンテンツ、なんだけどこのドラマはちょっと違う風味
料理とドラマの掛け合わせは最強コンテンツの一つで、古には母親が振る舞うお袋の味、恋人のための愛情飯、ただ現代では「おひとり様を楽しむ」「新幹線で楽しむ」「旅先で楽しむ」など個食における楽しみにもスポットが当たるようになってきた。一人だから孤独、寂しい、じゃなくて余裕で楽しめますよ、という一人世帯が増える世の中に寄り添い偏見を正すためのお料理ドラマ。
ただこの「晩餐ブルース」は違う。家族や恋人へとろけるチーズ並み愛情たっぷり糸引きまくりのしっとりディナーじゃなく、一人だってどこへでもトライできますよという強気な個外食でもなく、「じゃあ家でご飯でも食べる?」というとてもライトな誘い、メンバーは学生時代の友人同士という、程よい関係性なのだ。
自分のことで精一杯、人のことを構っている余裕なんてない、そういう社会に生きている若者が、テーブルを囲んで温かい晩餐を共にするだけで開いていく心がある。いつの間にかドライフラワーになっているカスミソウにならないよう、お互いに見て語って時には踏み込んでいく、その大切さをしみじみ感じさせてくれる。
膨大な仕事をこなすのに必死でいつの間にか冷えたエサのような食事しかできなくなっていたドラマディレクター優太を演じるのは井之脇海。
そんな優太とのある一件がきっかけで、温かくて人の心を和ませる料理が作りたくて目指した料理人の仕事を、ある日失ってしまうニート耕助を金子大地。
コンビニ店長、三人の中では唯一結婚を経験するもバツイチになった葵を草川拓弥。
仕事や私生活で悩みを抱える三人が、再び出会い「晩餐活動」略して晩活を始めるというストーリーで現在3話まで放送済。
ただし離婚を経験した葵の内面はまだそこまではっきりと見えてないように感じる。今後の展開でもしかして何か奥底にあるものが出てくるのかもしれない。
2.無関心社会から始まる第一話。手探りから始まる晩餐活動
一話目、出勤する優太はコンビニで買うような惣菜パンを手にしながら歩いている。そこにカットインするのは、使用できないようになっている駅前のベンチ、点字ブロックを遮るように置かれている自転車、そして空き缶を集めている老人の側を目もくれず足早に歩いていく人たち、そこに紛れているのが優太。無関心の波に押され、多方面から仕事でせっつかれ、次の予定ギリギリに走っていく毎日。疲れている、食べるのも忘れ、朝買ったパンは日が暮れ窓の外が真っ暗になってからようやく味も分からずに腹に入れるだけ。
これは二話以降も続いていき、齧りかけのおにぎりをデスクの上に置き去りにしたまま昼食を食べたかどうかも忘れている優太、そしてそれに「わかるー」と同意するプロデューサー上野はゼリー飲料を口にしながら「温かいものは眠くなる、咀嚼するの面倒」と言い放つ。
美味しい温かいものを食べる、ただそれだけのことができない、やりたくない、面倒くさい。
このドラマがリアルだなと思うのは、こういう日々は温かい食事を一度口にしたところで主人公がドラマティックに目覚め、周囲を巻き込んで変化していくなんていう展開になりがちなところを、まさに一歩進んで二歩下がる、と言わんばかりに、耕助の温かい食事で気持ちが解けて部屋片付けよ、なんてなった優太の改心は一瞬でまた忙殺され戻されていくのである。
三人は社会人になってから頻繁に顔を合わせていたのではなく、久しぶりに集まったのは葵からの誘いで、その席で離婚のことを聞かされる。
居酒屋で卓を囲んでいたこの時には、お互いの腹の中を全然見せ合えず散会となるのだが、耕助は優太の疲弊している様子を見逃さなかった。
悲しいけれどこれはきっと、耕助が一度心を壊していたからだと思う。他人の様子に敏感になったのは自分の夢を手放してしまったから。きっと耕助は後悔したくない、その思いだったのだろう、通称「晩活」を始めるきっかけの連絡をする。
3.さすがの貫禄、フードコーディネーターは飯島奈美さん。囲む食卓よりも隣で作り合うことが大事
昨今のドラマでフードコーディネーターの名前に注目が集まることは珍しくなくなって来たけれど、その先駆者だと勝手に認定している飯島奈美さん(その前にもいらしたと思うんだけど個人的な肌感で)。このドラマでは耕助が作るめくるめく料理を輝き満載で手がけられている。
ドラマでは人物はもちろんだけれど、料理も立派な登場人物。画面に登場するだけでお腹がなってしまうような、「らしい」献立が次々と登場する。
ドラマの中の料理だから当然、演じている役者さんが作るシーンが出てくるし、そのキャラクターに合った料理、どういう気持ちで出しているのかが反映してなければいけないので、その献立や盛り付けには苦心することだろう。
これまでで一番品数多く登場するのが二話なのだけれど、優太に振る舞うことになった耕助が作るものは本当にあったかくて美味しそう。ご飯に汁物、メインということが多く、たまに小鉢なんていうラインナップだけれど二人のご飯にちょうどよくて、料理人らしく程よい具合に手が込んでいる。
個人的には、ジェノベーゼパスタかな、エビとアボカドをあしらっていた一皿が食べたすぎた!そこにポトフなんて幸せの二大共演じゃー、自分じゃ作りたくないけど作って欲しいんじゃーと叫んでしまった。
二人で立つキッチンは不思議と横並び、ちょっと言いにくいこととか恥ずかしいこととか言えたりして、徐々にポツポツと本音を話していくようになる。
葵がマッチングアプリで知り合った女性とカフェで向かい合い、うまく話せない時に相手から言われる「自分と向き合ってるみたいだから」という言葉がじんわり響いてくる。向かい合い、食卓を囲んで話すことはどこか華やかでよそ行き、隣で料理を作る、そんな時にこそ本音が漏れることがあるかもしれない。
4.宥められる側にいることのモヤモヤ とりあえずの向こう側
優太は学生時代はおせっかいと言われるほど、相手の事情に首を突っ込み、自分のことみたいに考えていたようなキャラクター。
一話では離婚したという葵に言いたくないことある、とりあえず今日は飲もう、みたいに取りなす優太に「お前そんなだったっけ」と言われてしまう。何気ない一言ではあるけれど、優太が社会人になり、時間に追われるうちについ逃げてしまうようになった「とりあえず」という状態、これは優太らしさから最も遠い姿勢であることがわかる。
ドラマディレクターという俯瞰で作品を見てまとめる立場になった優太は夢も希望もあり、譲れない思いもあるはずなのに、剣呑とした雰囲気になるのが嫌で時には調整役になり、沈黙を貫いたりしてしまう。
プロデューサー上野が、とある作品について自らの思いを提案したところ、周囲から時間を理由に押し切られようとしてしまう。優太はその場が険悪になり、打ち合わせが長引いたり、予定が狂ってしまうことの方を心配してしまうが、その後何とかまとまった時につぶやいた言葉「とりあえずよかった」に自分で違和感を覚える。
上野は男社会の中で奮闘する女性で、おそらく女性であることを理由に悔しい思いも噛み締めて来ただろう人。自分の思いを通そうとするとき、感情的にならないよう常に気を配っているだろう。男なら少々声を荒げても許されるのに、自分はヒステリーなどと受け取られてため息をつかれてしまう。
優太は上野と励まし合いながら仕事を進めているが、どこか距離を置いている。優太も優太で感情をコントロールするのにいつも苦心していてとても他人を構う余裕など持てないのだ。
程よい距離感を守ってきた優太が四話以降、どう変化していくのか、楽しみでもある。
5.完全オリジナル、今後の展開が非常に楽しみ
公式HPを見ても原作情報がないところを見る限り、これは完全オリジナルドラマ。
原作ありきで、映像化に際しての解像度の高低やリアルな人物が演じることの高揚感もすごくいいものだけれど、結末がどこにも公表されていないことの期待感もこれまた捨てがたい。
それぞれの役者さんが丁寧に人物の背景を理解し演じている姿は好感しかないので今後の展開も楽しみにしたい。
今後はわからないけれど今のところ出演者同士の恋愛要素は見られず、そういった発展はないのかなと思うけれど、いずれにしても定位置から晩活を見つめていきたい。
6.本当の顔は見せないよ、腹の中まで知らないよと始まり、話そうぜで終わる
OPとED大好物人間として、やはり触れておきたい。
OP、晩活する三人が何となく集まって歩きながらさぁこれから夕飯にしよう、というような雰囲気で始まる。流れるのはレトロリロン「カテゴライズ」。
僕だけがあの子のあいつの本当の顔を知ってるよ、人に嫌われないよううまく仮面をかぶって生きてる、違っても間違えてもいいでしょ、僕の心の声なんだから気にしないでよ、と歌う。
そしてラスト、ゆっくりと染み入るエモーショナルな音楽に乗せるのは、明けない夜のことなんか思う今日みたいな日には話そうぜ、という言葉。歌うのはAkiさん。
ほっといてよ、そうだよね、色々あるよね、わかったような顔してやり過ごして、黙って隣にいる、そういうのが優しいというなら多分違うね、やっぱり話そうよ、それが一緒にいるってことだよ、そんなふうに語ってくれるのだ。
三話では基本飯は1人派、そう言っていた葵が加わって三人になった晩活。今後どう展開していくのか乞うご期待。
※現在(2025.2.6現在)TVerでは最新話まで一気見可能。AmazonプライムではTVerよりも遅い公開らしくタイムラグはあれど追いかけ再生可能です。