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【小説】浮遊スル金魚たち〜ミントと恋EP8〜
連作小説「ミントと恋」のEP8。EP1〜7はマガジン「ミントと恋」にまとめてあります。
最新EPを期間限定無料公開。次のEPが発表になったらそれまでのEPは有料になります。
【これまでのEP】
1.ミントと毒薬 2.天使のナリワイ 3.スキの幻想 4.すぐトナリの境界
5.温かなカジツ 6.たおやかな窓辺 7.それぞれのカタチ
溺れる
水の中にいるのは気持ちがいい。
どく、どく、と鼓動の音がして、今自分は自然に包まれている、と思う。目を閉じて、しばらく浮遊していると手も足も地上にいる時とは違ってバラバラに自由に動きだす。宇宙に吐き出されたらこんな感じだろうか。あぁ気持ちがいい、宇宙から見たら自分なんてどうせチリだろうけど。
そんな風に思えるから僕は、ずっと水の中にいるのかもしれない。
ふっと気が遠くなりそうになった時、陽の光を感じて突然意識が開いた。意思を持って手を伸ばし力いっぱいかき寄せる。反動で体がぐんと押し上げられ、顔が水面から飛び出た。
「坂田先生!」
空気を求めて口を開くと、水が一緒に吸い込まれて危うくまた体が沈みかける。そこへ脇から抱え上げる腕と、伸ばした手を引き上げる強い力に引っ張られるようにして、僕はようやくプールサイドに転がり出た。
手足がやけに重く、肺がきりきりと痛んで喉が詰まる。さっきまで必死でしがみついてきたものから解放されたというのに、まだ体に重しが乗っているように動けない。
「あ、田村は、えっと・・・・」
誰だっけ。
記憶が混濁してもうろうとしてきた。僕はまだ溺れている、そう、あの日からずっと。
「坂田先生、大丈夫ですか?」
目が覚めるとベッドの上だった。ここは病院だろうか。固定された腕から伸びる管が脇にある点滴バッグに繋がっている。夢、だったのか。あるいは。
気づくと看護師さんに覗き込まれていた。
「気分はどうですか?気持ちが悪いとか、頭が痛いとか、どこか痛いところがあるとか、全く感覚がないとか、気づくことありますか?」
非常にハキハキした声が耳に届いて、僕は意識が覚醒してくる。
「えっと、まだぼうっとしてて」
耳が塞いだように自分の声が遠い。
「どこか痛いとか、気分が優れないなどがなければ点滴が終わり次第帰っていただいても大丈夫と言うことですから」
あぁ良かった。頭上から降ってきた別の声は事務局の伊良部さんだ。
「坂田先生。亜美ちゃん、大丈夫ですからね。安心してくださいね」
そう、そうだ。小川亜美。僕は焦点の合わない意識を、覗き込んでくる伊良部さんに向けた。
「亜美ちゃん突然ふくらはぎがつったんですって。すごく痛くてパニックになっちゃったみたい。寝不足だったのと、最近筋トレ頑張り過ぎてたって」
伊良部さんの早口の甲高い声を聞いていると、徐々に現実が手元に降りてくる。
小川亜美は僕が今受け持っている「タイムを伸ばそう」という小学校高学年向けのスイミングレッスンに通っている生徒だ。今日は月に一度のタイム測定の日。誰もが気合を入れて臨んでいたけれど、小川亜美は元気がなくタイムなどどうでもいいような顔つきでいた。
もともと本人の意思で通っているわけではなさそうで、熱心に取り組んでいる様子はなかったから、いつものことだと流してしまった。
「小川は大丈夫なんですか。すみません。本当に」
「謝ることないですよ!坂田先生いなかったら、亜美ちゃんもっとひどいことになってますよ」
「でも元気なかったし、今日」
「スクール前からの体調についてはこちらの責任じゃありませんからね。まあ親御さんも怒ってはいなかったようだから、大丈夫とは思いますけど」
そうか、伊良部さんはスクールの責任を問われることを心配しているのか。そりゃそうだ。
僕は目を閉じて切れ切れの記憶を呼び覚ましてみる。コース中央、突然沈んだ小川亜美に気づいた時、足元から震える感覚に襲われた。
脳裏には自分に助けを求めて見上げる、真っ黒な瞳がフラッシュバックしていた。
助けて。
その手を離してしまったことを、僕はいまだに強く心の中に持っている。だから必死に泳いだ。伸ばした手に夢中でしがみついてくる重みに自由を奪われながら、僕はこのまま沈んでもいい、とすら考えた。
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