中国地下アイドルの現状〜2023年3月版〜
2022年12月11日にゼロコロナ政策の緩和、その後の感染爆発を経て、日常が戻ってきた中国では音楽ライブが復活し始めた。中でも密かに盛り上がりを見せているのが「地偶」、地下アイドルのライブ現場だ。
【地偶とは】
地偶は地下偶像、つまり地下アイドルの略称で、通常主流メディアには露出せず、ライブやイベントを中心に活動するデビューしていないアイドルを指す(百度百科参考)。中国の地下アイドル文化は日本から輸入されたもので、定義は日本の地下アイドルとほぼ変わらず、コールやMIX、チェキなど様々な地下アイドル文化も日本のそれに強く影響を受けている。オリジナル曲はまだ少なく、多くが日本のアイドルソングやアニメソングをカバーしている。
【主なグループ一覧】
現在中国で活動している地下アイドルグループは40組ほどで、下表に主なグループをまとめた。
【上海、福州、長沙の三拠点について】
2019年以降、中国の地下アイドルシーンを支えてきたのが上海、福州(福建省)、長沙(湖南省)の三拠点。以下、三拠点の成り立ちと現状について詳しく見ていく。
①上海、Lunarから続くアイドルの灯
現存する上海地下アイドルグループのもとをたどっていくと、「Lunar」というグループにたどり着く。「Lunar」は2011年に結成されたグループで、中国アイドルの中ではかなり早い。2015年には中国アイドルとして初となる日本へのライブにも招待された。この頃、検索エンジン「百度」傘下のSNS発アイドルグループ「神龙妹子团(DRAGON GIRLS)」と、元モーニング娘。の琳琳(リンリン)がプロデュースするアイドルグループ「Idol School」が結成された。
2017年以降「Lunar」と「Idol School」から一部のメンバーが「神龙妹子团」に合流することになる。2021年、「神龙妹子团」のメンバーのうち4人が立ち上げたのが「究极Ultima」だ。「究极Ultima」はロックやEDM、J-POPなど幅広いジャンルとパワフルなステージが特徴で、主催イベントを定期的に行うなど、上海地下アイドルシーンを牽引している。
②福州、UFO事務所の存在
2017年、アイドル好きが高じて、「ある男」が突然中国の地方都市である福建省福州市でUFOというアイドル事務所を立ち上げた。2019年に「UROBOROS」という重音ロックをコンセプトとするグループを結成、当グループは現在地下アイドルの古株としてイベントの常連となっている。
UFO事務所は練習生として入所し、グループ活動を目指す方式をとっており、現在4つのグループを抱えて(【主なグループ一覧】福州エリア参照)、上海や広州への遠征ライブを活動の軸としている。中でも2020年に結成された「凌晨12点(BEGIN MIDNIGHT)」の勢いが凄まじく、メンバーの高いポテンシャルと激しい曲調が人気を博している。
③長沙、きたしんとは一体何者か
湖南省長沙市にもアイドルに魅了され、自らグループを作ってしまった者がいる、「kitashin(きたしん)」という。きたしんは日本のアイドルファンであると同時に、シンガーソングライター大森靖子の大ファンである。日本での留学、アイドル運営の経験を経て、2019年に地元長沙で「透明教室与平行女孩」というグループを立ち上げた。
オルタナティブロックをコンセプトとする「透明教室与平行女孩」は地元長沙でのワンマンライブを中心に行っており、現在オリジナル曲がもっとも多いグループである。2021年には地下アイドルとしては異例となる音楽系オーディション番組への出演も果たした。2022年12月にはアルバムをリリースし、中には大森靖子作曲の「永远的神」がある。
【各地の現状】
2022年12月以降、待ってましたとばかりにライブの数が急激に増えた。既存グループは新曲、新衣装を放出、活動休止中のグループは息を吹き返し、新たなグループも競うように結成され始めた。
特に、広州(広東省)や杭州(浙江省)を拠点とするグループが積極的に活動を始め、大型イベントに出演するなど、存在感を高めている。もともとカバーダンスグループが精力的に活動していた北京でも、アイドルイベントが行われるようになった。武漢(湖北省)や済南(山東省)などの地方都市でも新たなグループができ始め、個人や自主運営のグループも増えた。以前に比べてイベンターも増えたことで、各地からアイドルを呼べるようになり、地域間のアイドル交流が盛んになっている。
【日本との比較】
日本では「アイドル戦国時代」が終わり、地下アイドル文化は成熟しきって、落ち着きをみせている。曲もパフォーマンスも、オタクの応援でさえも洗練されたように感じる。一方、中国の地下アイドル文化はまだ黎明期で、アイドルもオタクも、運営にいたっても粗削りでパワフルだ。決して完璧ではないけれど魂のこもったパフォーマンスと、汗水たらして行う熱狂的な応援が混ざりあった無秩序な空間は、日本の2010年代初期の地下アイドルシーンを彷彿させる。
さらに、まだグループの数が少ないため、一つのグループに縛られず、その場にいる全員が一団となってライブを盛り上げようという雰囲気がある。例えば、アイドルが他グループのアイドルと頻繁にコラボを行ったり、オタクが推しグループ以外でもしっかり盛り上がって一体感のある応援を送ったりと、日本ではあまり見られなくなった光景が見られる。
【今後の発展性】
2023年3月現在の中国地下アイドル文化はまだ日本のコピーに過ぎない。中国国内で発展して文化として成熟するためには、オリジナル曲を増やし、中国風の衣装やパフォーマンスを取り入れるなどの独自性が必要と思われる。オタクの応援においては、中国独自のコールやMIXを取り入れるのも良いだろう(すでに北京では木魚を叩く独自の応援文化が根付き始めたようだ)。
中国は以前よりアイドル文化が成熟しにくい土地柄であるため、安定的に活動を行っていくためには、例えば、楽曲やパフォーマンスの精度を上げてアーティスト枠を勝ち取る、地方都市で地元アイドル(じもドル)として活動するなど、売り方の工夫も必要になりそうだ。
また、日本アイドルとの交流を行うことも鍵となる。2016年、2017年の「@JAM(アットジャム)in上海」にて、日中のアイドル交流が実現されている。日中間の移動規制が緩和され、またこのようなアイドルイベントが行われると良い刺激になるに違いないし、文化としてもう一段階進化できるように思う。中国側から日本へのツアー、イベント遠征も実現されるとおもしろい。
種火が付き始めた中国地下アイドル文化が、炎となって燃え続けられるのか、今後も注目していきたい。
執筆協力:id_kz 様
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