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令和の歳時記 カキラン

カキランは湿地を代表する「音楽家」

日本に生育するランの花の中で、とりわけわたしの心を掴んで離さないのがこのカキランである。理由は湿地を代表する音楽家だからだ。

ランと言えば大抵の人は太い茎に大きな花が一輪か二輪咲いているのが普通と考えがちだが、私が良く行くマレーシアやブラジルのジャングルにはこのカキランのように一本の茎に何輪もの花を咲かせているランに数多く出会う。

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私見ではあるが毎年このカキランを見ると再び海外へ行きたくなる衝動に駆られる。カキランが夏の花であり、熱帯の暑さを恋しくさせてくれるのも一因だ(実際に熱帯雨林へ行くと、あまりにも蒸し暑いので日本の森へ帰りたくなる)

さてこのカキランだが、日本全土はもとより中国、朝鮮半島にも広く分布していて主に日当たりの良い湿地帯で見ることが出来る。運が良ければカキランの周りにサギソウやオオバキボウシなどの花々が咲いており、さらにトンボやカエルも見ることができる。

“運が良ければ”と書いたのは、近年ではこれらの動植物の生態系がバランスよく整っている場所が稀有かもしれないからだ。

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カキランのツボミに耳を済ましてみると

開花時の大きさは約10ミリ程。茎の高さが30~70ミリにもなるのに花は本当に小さくて可愛い。

一本の茎に10個ほど花を咲かせるのにこの茎はいつ見ても重たそうな素振りを見せず背筋をピンと伸ばしているから観察しているわたしも元気が出て来る。香りは特に無いが何と言ってもこの柿色が最大の魅力だと言える。

カキランの花が小さいか大きいかは個人の感性と常識に任せるが、“目立つ”という意味合いにおいては子孫を残すには成功していると言える。ミツバチなどの小昆虫が訪れて体を潜り込ませるにはぴったりのサイズだ。

人間に対しては大きさと色合いがとても可愛くて、採集されるリスクを与えることは間違いない。花の上部をポキっと折ってポケットに入れるには容易だから。そんな非常識なことは決して行わないようにお願いしたい。

花が開く寸前のツボミは鈴に見立ててスズランとも言われている。スズランの目線までしゃがみこむわたし。耳を近付けて音がしないかツボミを振ってみる。

実際には聞こえてないだろうが、夏の虫やカエルの合唱が聴こえる湿地で、目を閉じてじっと耳を澄ますのが好きなのだ。遥か彼方から「チリンチリン」と遠慮がちに揺れながら演奏する“音楽家”カキランの姿が瞼に浮かんでくる。
どことなく秋の音色だ。

カキランが「命の存在を大切さ」を教えてくれる

名前が示すように柿の果肉に似ていることからこの名が付いたそうだ。真っ赤に熟した柿というより、皮を剥いた柿の色だ。

確かに柿色で甘そうだったので、ちょっとだけ舐めてみた。甘柿ではなくどちらかというと渋柿っぽい。しかも枯れていく様も柿が朽ちていく様子にそっくりである。

小さいながらもしっかりと地面に根を張るこのカキランを見て、湿地全体をもう一度見回してみた。多くの生き物が自然の中に存在している。

カキランとの時間が教えてくれた。「盛夏の生き物たちの息吹き」を感じ、尊い命の存在を大切にしようと。

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分布●北海道、本州、四国、九州、種子島、奄美大島、徳之島にかけて広く分布する
生息地●山野の日当たりの良い湿地帯などに生息
生息花期●6~8月  
高さ●30~70㎝花期
学名●Epipactis thunbergii (A. Gray)
和名●カキラン(柿蘭)
英名●lily of the valley

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