令和の歳時記 ダイモンジソウ
久々にこの花を見つけた、いや「再会」したような気がする。数年前、山あいの渓流沿いで見つけて、ため息が出るほど感動したのがダイモンジソウだ。
あの時はまだ晩夏の眩い光、そして渓流を流れる川の音に包まれてのひと時だった。
眼下の川面には鮎が泳いでおり、ダイモンジソウは文字の如く、両手を広げて空にも川にも、魚にも、そしてわたしにも「大文字」を見せてくれた。とても神秘的な時間だった。
今回、わたしが訪ねた川はそれほど深山ではなく、どちらかというと本州の中流域を流れる場所であった。
車を止めてガードレール越しに川の流れを聞いていた時、真っ白に群生する花が目につき「まさかこんな温暖な地に?」と一瞬戸惑ったほどだ。すかさず川辺に降りていく。
この地のダイモンジソウも人間を寄せ付けないような岩場に生えている。足元に気をつけないと滑って危ないのだ。
遠くから眺めてみる。少し近づいて見る。そして至近距離で見つめる。とても可愛らしい。花にとって“大文字”は意識していないだろう。
人間が勝手に付けた命名だ。でも、この花の「大の字を描いている姿」を見て、心が震えた人は多いのではないか。
こんなに小さいのに目一杯体を広げてアピールしているのは、昆虫たちに「受粉してくれ」と主張しているからだ。すなわち“種の繁栄”を意味している。
わたしたちは主に言葉を用いて、好きな人に愛を伝えることが多い。他の動植物を用いて、相手に愛を伝えることはあまりしない。
たまにお花を贈ったりはするが。でもダイモンジソウなどのお花は昆虫を仲介者にして、愛の儀式を行うのだ。
冷静に考えて見るととてもシステマティックであり、成功する可能性が高い。しかも、相手に断られることがないので(返事もないから)失恋もないだろう。何て、効率的なのだろう。
ダイモンジソウを見つめていると、生物の強さを感じずにいられない。川岸に立って、空に向かって大きく大の字を作ってみた。
晩秋の風が気持ちいい。鳥がわたしを見て、囀った。何だか良いことが起きる気がした。
分布●北海道、本州、四国、九州
生息地●山野の沢沿いの湿った岩場
花期●9〜11月 高さ●10〜30㎝
学名●Saxifraga fortunei Hook.f. var. alpina
和名●ダイモンジソウ(大文字草)
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