6月ある日
昨夜は気温が下がりきらず、久しぶりに寝苦しい夜の気配を感じた。
ああ夏の夜だなと思い出す。
一昨日までは毛布を二枚必要としていて、6月ってこんな感じだったっけと思っていたほどだったのに。
朝起きて体重計に乗ると、週末小麦粉を気の赴くままに食べたのが戻りつつあって安心する。
人には求めないが、私は私の外見の自分軸の美醜にまだまだ拘っていたい。
昨日スーパーで買った値引きされた弁当の中身を弁当箱に移す。
通勤時には20度まで上がり、湿度が高く空気が重たい。
むわっと漂う栗の花のような匂いが鼻先を掠める。この匂いも今だけだと思い切り吸い込む。
社内に新しく入った自動販売機の写真を撮る。
やっぱり朝7時にはちょっとやかましく感じるラインナップだとニヤニヤする。
大きな作り直しが発生し、その対応に追われながらモヤモヤとする。
自分が判断を下す立場だったらどうするべきか、営業の人の立場ならどういう対応を求めるか、はたまたお客さんだったら。
私なりの答えを脳内でシミュレーションするも、自分の意見など誰に開示する機会もなくお蔵入りした。
結果的に今できる最善を尽くしたのだから、やはり私の早合点だったんだと思う。私はいつも自分の考え方や感じ方が間違っていると思っていて自信がない。
武田百合子「ことばの食卓」を読んで休憩時間を過ごす。
こんな凄みのある本だっただろうかと驚く。
書店員時代は、年齢的もとにかく背伸びした内容でも読書量を重ねることが自分の中で重要だった。
けれど再び開かれた本はまるで新しく、度々ドギマギしながらページを進めている。
書き物仕事を公開し、各種SNSでも宣伝をする。
周囲の反応が気になりつつ、仕事の出来としては平均点だと思っていて、どこか恥ずかしい。
文章をまとめ、自分の感じたことを分かりやすく文字にするというのは、日記を書くこととはまるで違って別の筋力が必要なんだと思い知る。
なんとか今日すべき仕事を終え、7月の合宿計画に取り掛かる。
想像していた行程だと思った以上に懐を痛めると気づき、気持ちがしょんぼりとする。お金が絡むことになると急に気持ちが億劫になるから本当にゲンキンだ。
終業直後に大雨が降り出し、色々な人が自転車通勤である私に雨だという事を教えてくれる。へらへらと受け答えし、止むまでデスクに居座る。
なんだか非常に疲れた。20時に会社を出てコンビニで明日の昼食を買い、好物のゆで卵をコンビニ前で食べて帰宅。
部屋中に湿気が充満している。道路からもモヤが立ち上っていて面白くみていた。夏が来るらしい。
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