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私のおばあちゃん

私のおばあちゃんの家は、私の家のある場所からはうんと離れた県の山の中にあって、小さい頃からそんなに頻繁に行くことは出来なかった。

毎年、夏休みに1週間くらいおばあちゃんの家に行くのが凄く楽しみだった。

愛媛の山の中にあるおばちゃんの家は、水は山から引いてきた湧水だったし、トイレは「ぼっとん便所」で、夜は満天の星空が見えた。

天の川が見れることが奇跡みたいに貴重なことだったなんて、あの頃は知らなかった。

おばちゃんの家に行ったら、川で泳いだり、海に浮かんだり、(瀬戸内海の海はとても綺麗!)、つくしを採りにいったり、毎日楽しかった。

おばあちゃんの家の前に生えているおじぎ草を、片っ端からおじぎさせることが大好きだった。

畑や果樹園が沢山あって、採れたてのトマトに塩をつけて食べると美味しかった。

食べ物はほとんど手作りで、うどんも、薬味入りのうどんのたれも、お餅も全部とっても美味しかった。大好きだった。

寝て起きると、目の前に山があるのも大好きだった。
空気が綺麗で、自然に囲まれた中にいるんだってことが、子供心にも、すごく貴重なことなんだろうなと思っていた。

おばあちゃんの家ではいつも猫を飼っていて、猫達は一番おばあちゃんに懐いていて、本当に可愛く愛らしかった。

その影響か、私は動物の中で、猫が一番大好きだ。

そんなおばあちゃんは、私が小学3年生の時に死んでしまった。

おばあちゃんには4人の子供がいて、(つまり、私にとってのおじやおば)その子供達もいたし(つまりいとこ)、夏休みには、そのほとんどが帰省するので、人数も多かったし、おばあちゃんは畑やら家事やらで忙しかったので、私はおばあちゃんとの思い出が実はそんなに沢山ない。

一番鮮明に覚えているのは、畑でもぎたてのトマトを持って、「塩をつけて食べな」と言われたシーンだ。

でも、私は、このおばあちゃんの家で産まれた。
産まれる間、ずっとおばあちゃんは、母についていてくれたそうだ。

帰省していた時、まだ1歳か2歳の私が、熱を出して痙攣していたところ、母と一緒に私を抱いて病院に連れて行ってくれたりもしたらしい。

そんなおばあちゃんについて、なんで記事を書こうかと思ったかというと、
たまたまネットで目に留まった霊視出来る人に、ちょっと視てもらおうかなと思って何気なく、視てもらったことが複数回あるのだが、それぞれ別の人に視てもらったのに、2回、「母方のおばあさんが連れて来ていますね」と言われたのだ。

そのうち1回は母と一緒に行ったのだが、言われる内容がドンピシャすぎて、びっくりしていた。
伝えられた内容も、その時必要な内容だった。

2回目の時は、私1人で行ったのだが、その時、おばあちゃんが、「自分の娘のように彩乃さんのことを抱いている姿が視える。彩乃さんとお母さんをいつも見守ってくれていますよ」と言われて涙が出そうになった。

確かに私は、おばあちゃんの家で産まれて、おばあちゃんに見守られながら産まれてきた。

きっと、沢山抱っこしてもらったんだと思う。

物心ついてから、おばあちゃんとそんなに沢山話したり、過ごしたりする時間はなかったけど、(忙しい人だったから)、私の事も大事に思ってくれていたんだと思ったら、凄く救われたし、嬉しかった。

おばあちゃんは生前、周りの人によく尽くし、周りの人のために生きた人なので、神様に近いところにいると、視ていただいたchieさんから言われた。
その時も、本当に元気のでるような大切なことを沢山伝えられた。

ばあちゃんが応援してくれている。
そう思うと、生きる希望が湧いてくるし、元気になれる。

この不安が多い世の中で、いつも光をありがとう、
ばあちゃん。









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