ベートーヴェン誕生は《第9》の季節――誤解の原因になった「ヴァン」
※本稿は『知ってるようで知らない ベートーヴェンおもしろ雑学事典』(共著、ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、現在絶版)で執筆した項目を、出版社の同意を得て転載するものです。
年も押し迫った12月下旬。現代の日本では連日《第9》が演奏されています。奇しくも、その作曲者ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが生まれたのも、同じ時期でした。
もっとも、ベートーヴェンの誕生日は、教会の洗礼記録から推測するしかありません。それによれば、彼は1770年12月17日に洗礼を受けています。 彼が生まれた街ボンを含むラインラント(ドイツ西部、ライン川の中流地方)では、当時、生後24時間以内に洗礼を受けさせる習慣があったので、誕生日は12月16日だったろうと考えられています。
ところで、自分の誕生日についてベートーヴェンは何か言っていないの?と思う方もいるでしょう。しかし彼は、そもそも生まれた年を正しく知りませんでした。ベートーヴェンには、ルートヴィヒ=マリアという、生後すぐに亡くなった同名の兄がいたのですが、彼は177年と書かれた自分の洗礼証明書を見ても、それを兄のものと思い、自身は1772年生まれと誤解していたのでした。
次に、彼の名前の意味や由来について触れておきましょう。名前の「ルートヴィヒ」は、当時ボンの宮廷楽長を務めていた祖父からとられたもの。姓の「ベートーヴェン」は、「カブやテンサイ類の畑」という意味で、地形や地名に由来するとされます。
そして、名前のまんなかにある「ヴァン van」。これは、オランダ語圏で使われる語で、地名にくっついて単に「~出身」を意味するものですが、実はちょっとしたくせものなのです。若い頃から、彼の名前「ヴァン・ベートーヴェン」が「フォン・ベートーヴェン」と混同されてしまうことがありました。 「フォン von」は、「ヴァン」に相当するドイツ語なのですが、同時に
「ヴァン」は貴族の身分を示す語でもあります。そこから、ベートーヴェンが貴族の出らしいという誤解が広まりました。自身もこれを特に訂正せずにほうっておいたので、やっかいな問題のタネになることもありました。