お詫びとお願い
コラム『あまのじゃく』1951/12/28 発行
文化新聞 No. 199
孤軍奮闘の毎日
主幹 吉 田 金 八
あまり忙しいと考えることを忘れます。『あまのじゃく』等のように特別に知恵を絞るほどの文章内容がないものであっても、やはり出歩いて見聞をするとか、新聞紙に目を通すかとするなど、構想を浮かばせるために身体の暇も必要であります。
年末、差し迫ってから女房が大宮の日赤病院に入院してしまい、平常少人数でキリ廻している印刷部の腕利きの文選工が突然退社したことやらで、テンヤワンヤでした。
新聞は定期の時間に出すことが生命と考える私としては、朝の3時ごろまで夜明かしで印刷作業をするなど、文字通り超人的努力を払ってやってまいりましたが、ご愛読頂いている『あまのじゃく』欄の執筆を怠ってしまった事は、愛読者各位に深くお詫びする次第です。
昭和26年を回顧して始終無理のし続けでした。発行回数、販売区域、欠損、借金等、できる限りの手段を尽くして新聞を大きくするために精魂を傾けました
私の信条として現状維持は退歩と同義なりと考えます。
新聞事業をやるからには、『日刊』発行が理想でなければならず、事実、日刊でなければ新聞の本質から見て、自信のある取材報道はできません。
現在本紙の編集は私一人でやっています。もちろん取材記者は各方面に散っておりますが、編集の仕事は毎日2時間でやってのけます。文章校正は片面20分、大組みは印刷部が適宜にやります。日刊になっても編集・校正は半日で充分です。
来年のことを言うと鬼が笑うと言うが、明年は印刷部を現在の倍に拡充し川越、飯能、所沢の3地方版を出します。現在は定期の刊行が精一杯で、記事の内容は自慢できませんが、遠からず自信のある域まで到達したいと念願しております。
郡下の皆様の力で文化新聞を育てあげていただきたいと存じます。
コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】
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