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思いつきの店舗

コラム『あまのじゃく』1959/3/6 発行
文化新聞  No. 3189


色街横町⁈ で町興しを‥

    主幹 吉 田 金 八 

 飯能郵便局の西通りに奥行きと言うか間口と言うか幅一間半、長さ五、六間の空き地があり、店を建設するには幅が狭すぎるかと思っていたら、いつの間にかこれが東向きに間口の広い、奥行きのない店舗になり、しかも2つに区切られて、片方が魚屋、もう一方が牛乳屋になった。
 普通の人は、県道の方からのみ考えて、間口が狭いから使い道がないとばかり思っていたが、これを横丁の方から見れば間口は充分とれ、奥行きの浅いのは多少の難点はあっても、今時は店舗と住宅を別個に考えるのが普通で、特に食料品店などの場合は南向きの陽当たりより東向きが理想であり、まさにピッタリと言う訳である。
 しかも隣にはすでに前から繁盛している肉屋があって、食事時にはおかずのコロッケ、カツなどの揚げたてを待つ主婦が多い事など、ここに牛乳屋と魚屋さんが開店した事は、実に頭の良い人もあるものと感心させられた。 
 この付近は、かつては場末だったが、現在では前田の繁華街の中心とも言うべき地帯であり、特に新興的な商店・住宅が多いから、日用品の消費も地域的に際立っており、郵便局の近所にさながらマーケットの様に連なった食料品店舗群があるということは、消費者にとっても便利で、当然の事に繁盛するのではないかと思われる。
 こんなことから思いついたのだが、東京などでも食料品は魚河岸、洋品雑貨は横山町、玩具装飾品は蔵前、自動車部品は神田、自動車解体パーツは本所、織物は日本橋、洋服生地も神田、端切れは鶯谷、屑物問屋は日暮里といった風に、同種類の業者がある地域に必然的に固まっていることは、仕入れる側からすれば廻って歩くにも、商品の比較選択にも便利である。
 以上は専門の仕入れ卸の場合だが、消費的商品は同業種が店を並べていることは、狭い田舎町などでは『あっちの店によればこっちの店に悪い』と言った顔見知りの義理があって、あまり効果的ではないが、魚屋、肉屋、八百屋、乾物屋などが軒を連ねていることは、買い手に便利だし店の方も売上増進に役立つ。
 これを前進させたものが20年前から戦後にかけて流行したマーケットであり、デパートの食料品売り場、最近はスーパーマーケットと言う事になる。
 他都市はいざ知らず、飯能ではむかし飯能松竹劇場の西側、今でも『マーケット』と呼ばれているが、あそこに食料品の市場ができ最近では間野電器広場に同様の構想のものが発展しかけたがモノにならず、小料理店街に転じたが、これも地主の考えが変わって来て、廃止になりそうな風向きである。
 土台、マーケットは弱小業者の腰かけ的な店になりがちで、やはり店主の家族がそこに住んで、腰を落着けない事にはうまくいかないらしい。そのうち飯能にも大資本のスーパーマーケットが出現しないとも限らないが、それ等に対抗する為にも、またそれを抑えるためにも、この種の組み合わせ式商店街の構想は面白いのではないか。
 もっとも、これはその地域、街路、地主、居住者の協力と勇気がなければ出来ない。飯能でもこの通りは、こんな風に発展の方向を指導したら面白いのになあ、と思うような地域が幾つもある。
 既成のものでは、『一力』付近の小料理店街、婦美町畑屋横丁の色街などが代表的だが、新規な着想では町田屋横丁などは(赤線は売春法の規制で警察の取締まりが厳しいから禁止だが)青線とか白線という売春法には触れない範囲で、女の魅力を看板にした喫茶店、バーなどが軒を並べて女達が雀泣きをする横丁にしてみたら如何であろう。
 河原町なども、もっと河原を近代的に整えて、遊歩道路にして町内ぐるみ茶屋、売店、貸ボート、お土産物屋などにすることは、客が来るから店が出来るというのではなく、店が出来れば客が来るという積極策でいくことによって発展する方策もあって良いと思う。
 今度、金子旅館前の秩父県道が大きく隅切りをして、両角の家は面積を半分に減じられて損をした勘定だが、改装で面目を一新し、今まであるかなきかの存在がクッキリと浮き出したことなど、半分の面積で旧倍の家賃が取れるか、自営の場合売上が増すか、いずれにせよ積極的に改造して良かったと言う結果が目に見えるようである。
 飯能でも前田、柳原、更には六道などがどんどん躍進し、三丁目、河原町、宮本町などは全く置き忘れられたような現況にあるが、これら地域の住民も、特に多少の財産のある人たちは、僅かのものを守ろうという消極的な考えを捨て、大きな転換をしなければお互いに自滅する様な衰微を招く以外はあるまい。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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