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交錯するニセ札捜査

コラム『あまのじゃく』1962/10/17 発行
文化新聞  No. 4286


素人推理に本職を煙に巻く⁇

    主幹 吉 田 金 八 

 昨日、青梅警察署の捜査係が新聞社にやってきた。
 時節柄、ニセ札の捜査である。新聞によく出る印刷業者を洗う、印刷職工を洗う、不良印刷工を洗うの段取りの三番目の都内のそれらしき印刷工の中の所在不明の者を『もしやこんな男の心当たりはありませんか?』といかにも前科のありそうな面魂の男の写真を示した。
 私の新聞社はほとんどの職種に経験工を使わない主義だから、過去にも印刷屋を渡り歩いた職人との関わりはほとんどない。もちろん、その写真の男にも見覚えはなかった。
 ちょうど私でなければ出来ない仕事をやっている最中で、そんな事に暇を潰すのは期日のある仕事に差し障ることは分かっていたが、根が物好きな性分なのと、その捜査係が余りにも印刷知識がないのが気の毒になって、印刷の蘊蓄ご披露となってしまった。
 以前に県警から飯能署のニセ札特捜班に回ってきた部長に教えたと同様、こちらの知っている範囲の印刷知識をひけらかし、工場の内部を案内し、2時間ほどの講義をしてしまった。
 その中には、ニセ札問題では文化新聞は全国の大新聞以上に名推理?を働かせて、『このニセ札は真券と見間違う精巧なもので、日本銀行でなければ鑑定が出来ない体のものだから、真券に混じって全国に相当多量に出回っていること』、『当局の遡及捜査では恐らく犯人検挙は覚束ないから、多額の報奨金を出して国民に犯人検挙に協力を求める』と同時に、贋造団に白旗を掲げ、『罪は問わないから名乗り出るよう』と声明し、『ニセ札による紙幣不信用、経済混乱を早期に食い止めよ』との先見、卓見をしばしば紙上で当局に注意を促していたが、当局がメンツにとらわれてこの親切な提案を取り上げなかった。
 わずかに採用したのは発見者に三千円の懸賞金を出す程度の小刻み採用であった等の、本紙の卓見に対する自画自賛が講義の半分以上であった。
 今朝の毎日新聞にもニセ札特別取材班ができて、当局とは別途に科学鑑定や独自の捜査取材を行っているらしいが、この事件はおそらく警察当局のみに任せておいては、当分検挙には至らない見込みで、大新聞はかつての鬼熊事件のように、新聞が犯人を捕まえる位の本腰を入れている様子がうかがえる。
 本紙も今までは大新聞以上の感でニセ札事件では社会をリードしているのだから、経済が許せば取材記者がバクチ打ちに化けたり、密輸入者になったりして、香港、羽田、赤坂、熱海と本紙の捜査方針に従って活劇映画擬きに犯人を追ったら面白いのだが、とてもそんな芸当は出来ないから、元手の掛からない、座って推理を発表する程度で、当局に知恵を貸す事くらいしかできない。
 しかし、この知恵も当局が無視して、相変わらず13日水戸で新記号のGS券が発見されれば、その出場所が8月20日に県境を越えたとはいえ、近くの栃木県島山町の酒店だった事から、犯人は県境という捜査の盲点を狙って使っているのだろうと言った、本紙の推理と全く違った当て外れの方向に捜査の重点を置いているらしい事から、当局とすれば問題にしていない、或いは捜査を混乱させる位に迷惑がっているかも知れない。
 こう言う見方が私とすれば 誠に心外なので、そうした当局の不明をちょうど来訪した青梅署の刑事にぶちまけた訳である。
 その刑事は一応、私の所説に相槌を打って、警視庁に報告しましょうとばかり、私が拾い出す8月以降の本紙のニセ札所見記事を有難そうに持って帰った。
 偽札は犯人の方も県境の盲点をついている(当局の見解)と同様に、捜査当局も東京都と埼玉県が交錯して手柄争いの観を呈してきた。


コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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