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錬成スキー行

コラム『あまのじゃく』1953/1/6 発行 
文化新聞  No. 569


質素なスポーツの教え『スキー』

    主幹 吉 田 金 八

 1日の終列車で発って2日、3日の新聞の休刊を利用して、中学2年、小学校5年、2年の3人の子供を連れて上越にスキーを楽しんだ。
 遊びに行くというよりも旅行慣れさせるためと社会勉強のつもりだから、ほとんどお金は使わない。
 1日の午後は古物屋時代に二束三文で買い集めてあったスキーの中から、それぞれ手頃のものを選んで、締め具やストックの輪などは、あちこちを取り廻してどうやら4人分を整えた。靴は私の長男が街の登山クラブで2日の朝菅平に行くので使えないので、平常の半長靴を、それも八高線駅前の靴屋さんが、手をかけても見込みがないと言うのを120円で踵のゴムを繕ってもらって、手細工で修理してしまう。底がパクパクしているで、草履の裏側を剥がしてとんとん貼り付けて結構半年位履けそうになれた代物、3人の子供たちのも、一つは登山靴の改造や、幼年学校の体操靴、スケート靴の底に着いた金具を外したものなど、全部間に合わせであるだから、支度には1銭もお金は要らない。
 2食分の握り飯とお餅を30個程持って高崎に着いたのは夜8時ごろ、普通だと高崎駅の待合室で午前2時ごろまで仮睡して上越線に乗り込めばちょうど翌朝の5時ごろ湯沢に着くのだが、子ども連れでは無理もできないので、1時間ほどしての村上行で沼田まで行って、以前にいちど泊まったことのある旅館に着く。
 これが今度の計画のミソで、どうせ水上や湯沢あたりは年始のスキー客でごった返すであろうし、勢い宿泊料も1人千円円位は取られるだろうから、沼田の宿屋をベースキャンプにして、スキー場に通おうと言うのである。
 最初の晩は食事抜き4人で茶代込みで800円、翌晩は夕・朝食にお酒を3本で1900円と言う安上がりである。
 この宿で面白かったのは2日の朝6時ごろサイレンの音に夢破られた事だ。
 「火事だ! 鉄っちゃん見てこい」と物見に出したら「ビルみたいな四角な家が燃えている」と言うので「近いのか遠いのか」と聞けば「戸の節穴からだからよくわからない」と言う。頼りない物見振り。
 「まぁ体だけ逃れれば良いのだから、ゆっくり身支度だ」と、出発の時間も近いので身仕舞させた。
 火事はそれなりに納まったらしく、宿でも戸外でも騒がしくない。出がけに女中さんに「火事はどこでした」と効いたら「遠い町ですよ。20何軒か焼けたそうです。」と言ったが、後で気がついたのだが、女中さんは昨日あたりのどこぞの火事の相槌を打ったらしい。
 2日目にわかったのだが、沼田の街では朝、夜6時にサイレンが鳴るのであった。
 水上は雪がなくてだめ、ここを目指したスキー客が一緒になって湯沢に押し込んだのだから、湯沢の3つのゲレンデはまるで銭湯のような混み方で、1つのスキー場に目測三千人からの人たちが押し合いへし合い右往左往しているのだから、よほど熟練の者でもなければ人並みを縫ってはすべれない。
 2人の女の子のために人混みを避けて、端っこのほうに格好なスロープを見つけ、次男と2人でようやっと雪を踏みつけて場所をこさえたかと思うと、たちまち「よき滑り場御座んなれ」とばかり他のおばさんや家族連れに占領されてしまう。
 3日の日に、定員過剰で事故を起こし死者二名、重軽傷者10数名と伝えられたスキーリフト(事故のあったのは城平、私共は布場)に乗ったり、女の子たちもそれぞれ充分に1日を楽しんで、駅前の村営温泉浴場(これは大概の者は知らない。入浴料一人5円)でお湯にも浸って沼田の町へ引き返したのは夕方6時で、朝私どもを脅かしたサイレンがまたなっていた。街はお正月の人出で若い男女で混雑していた。
 心配していた盛り付け飯でなしに、お櫃のお代わりまでしてくれる気易さに、戦争戦後の苦しい旅行を思い出したが、この宿のようなのはまだ異例らしい。
 翌日は河岸を変えてあまりお客のないらしい上州側の土合に行く。
 谷川岳の上り口の、山の家の脇の小さなスロープで、ここでは子供たちも、大人に殴り込みをかけられる懸念なしに、ゆっくりと練習ができた。
 駅に落とした子供の手袋の片方を駅長さんが山の家まで届けてくれたり、時間間際に雪だらけで駅につけば、「子供が寒いでしょうから」と駅長室のストーブに当たって温まらせてくれたり、あまり開けないスキー場の良さが感じられて嬉しかった。
 山上で鉄道の服を着た同年輩のスキーヤーがストーブで餅をあぶって、何も付けずに食べているので、「よかったらつけてください」と持ち合わせた砂糖を分けてやったのなどは、私共の上を行く『金を使わない式』らしく、やはりスキーは素朴な遊びとして楽しみたいものである。
 今年は物資が満ち足りてきたせいか、スキーや靴の真新しいのが車中で目立ったが、新品のスキーを真っ二つに折ったのや、行く時のまんまの新しい板、ほとんど雪着かずといったスキーを持ち帰るのをずいぶん見受けたが、スキーを担いで汽車に乗るだけの見栄は悪趣味と言いたい。
 4人で二泊のスキー旅行の諸経費が5800円、この中にはフィルムやウイスキー代も含まれており、その間に得た見聞や教訓の豊富なことに比すれば、問題にならない少額の経費と言わねばならない。


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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