器用貧乏
コラム『あまのじゃく』1951/10/12 発行
文化新聞 No. 166
電波操縦と有線電話の違い
主幹 吉 田 金 八
うまく立ち回ろうとしてアッチに行きこっちに行き、1時は重宝がられ華やかに踊ったかに見えて、いざ最後のドタン場でアブもハチも獲れず馬鹿を見るものがある。
いずれも、この人たちは大義名分はなく、ただある旗印は円満解決とか、ケガ人の出ないようにとかの、姑息な膏薬療法が専門である。今度の飯能事件を渦中から眺めていて痛切に思った事は無為無策の勝利であった。
暴行事件後、分村期成同盟を訪問して、「今度の事件で1番得をしたのは増島町長と平岡良蔵氏(*国会議員)だろう」と言ったら、西久保会長や平岡町議から手ごわい逆襲を食った。町長はともあれ、『平良』は大マイナスだと言うのである。
元加治の人達は、平良氏が反分村派の黒幕だと言う妄念から抜け切れぬらしい。分村運動を叩き潰したのは平良の政治的陰謀だと主張して止まない。
新聞人にとってみればそうあることの方が有難いので、この問題に関しては強い鼻を利かせたつもりだが、遺憾ながらその系統への平良氏つながりは発見できなかった。記者は西久保氏に対し「あなた方がそうあることを望むなら、仮に平良が反分派のバックとしてみても、平良氏の反分村運動の指揮命令は電波操縦であり、『平仙』のそれは有線電話や自動車ルートである。
分村派の運動は力で押し通さんとするのに対して、反対派は民心の自然の盛り上がりを利用した。この点に勝敗の分かれ目があったのではないか」と記者の観戦記を断片的に言ってみた。
何せこの事件は、ものぐさの信念家に分があり、器用な才子が才に溺れた感が深い。
ここで平良氏を引用した事は、ご当人には非常に迷惑迷惑千万な事でもあろうが。
コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】