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健康作「伏見のジュリエット」

伏見のジュリエット

作:健康 (劇団ひなたぼっこ/自由バンド)

原作:ロミオとジュリエット(著:シェイクスピア/訳:中野好夫)

 

初演:

2024年7月13-14日

劇団ひなたぼっこ二〇二四年度夏季公演
@京都教育大学




 

【登場人物】

ロミオ モンタギュー家の息子

ジュリエット キャピュレット家の息女

ベンヴォーリオ モンタギューの甥。ロミオの友人

マキューシオ 大守の縁戚。ロミオの友人

ティボルト キャピュレット夫人の甥

乳母(ばあや) ジュリエットの乳母

シスター 伏見の教会の修道士

 

 



【0】プロローグ

 

伏見、とある一室。

ベンヴォーリオ登場。

 

ベンヴォーリオ 花の都のキョウトは、北部から流れる川を中心にした都市づくりで発展している。豊かな自然と祭りを好む人間性から「真のロマンはキョウトにあり。そしてキョウトはロマンにあり」と言われてきた。そのキョウトで、古くからとても仲の悪い二つの名家の子どもたちが、あろうことか恋に落ちる。しかし、結ばれた二人は、哀しい運命により出会って数日で死んでしまう。愛する子どもを失った両家はようやく過ちに気づく。ロミオとジュリエットの物語ほど、不幸な物語はない。

 

ベンヴォーリオ だが、問いたい。本当にロミオとジュリエットの物語は哀しい結末なのか。本当に二人は死んでしまうのか?これは、ロミオとジュリエットが決して不幸にならない、物語

 

【1】喜劇

 

鴨川デルタ。

キャピュレット家とモンタギュー家の家来同士の揉め合いが起こり、ようやく落ち着きだしたころ。

サイレンの音が小さくなっていく。

川を眺めるベンヴォーリオ。

ロミオ、登場。

 

ベンヴォーリオ おはよう。ロミオ

ロミオ まだそんなに早いか?

ベンヴォーリオ 9時になったところだ

ロミオ そうか、時間は中々進まないな。今のはお父様か?さては、またキャピュレット家と揉めたな

ベンヴォーリオ 僕は仲裁しようとしたんだ。うちとキャピュレットの家来が言い争いをして、言い争いならまだよかった。そこにティボルトが、キャピュレット家のティボルトがやってきて、奴は刀を抜いた。それで騒動は広がって、僕らは酷く怒られた。次に揉め事を起こしたら、もう両家はキョウトを歩けないそうだ

ロミオ まったく、僕の知らないところで

ベンヴォーリオ ロミオ。君がいたら、君はティボルトを刺しただろ

ロミオ さあね

ベンヴォーリオ いや、今の君はどうだろう。ああ、すまない。見てしまったんだ。悩み苦しむ君の姿を。今朝、まだ太陽が出ない朝。東山の東へトボトボ歩く君を見た。哲学の道は悩むのに最適だよな。僕もよくわかる

ロミオ そんな朝に僕を見つけた君の方が変だ

ベンヴォーリオ 何に悩んでいるんだ。恋か

ロミオ 恋・・・君は笑うか?

ベンヴォーリオ 笑わないさ

ロミオ 叶わぬ恋をしている

ベンヴォーリオ やはり、恋だったのか

ロミオ 恋がこんなにもつらいなんて、どうして誰も教えてくれなかったんだ。僕は、特別になれない僕を呪ってしまう

ベンヴォーリオ 特別になりたいのか?

ロミオ そうさ、僕は誰かの特別になりたい。ぼーっと流れる鴨川のように、代わり映えのない世界の中で、叶わぬ恋に苦しむほど寂しいものはない

ベンヴォーリオ そんなに恋する相手は誰だ。誰が好きなんだ

ロミオ ・・・ロザライン

ベンヴォーリオ ロザライン!あの?

ロミオ ああ

ベンヴォーリオ 悪いことは言わない、ロザラインはやめておけ

ロミオ なんだと?

ベンヴォーリオ 君は、そうやって一人だけを見るから周りの輝く星に気づかないんだ。もっと周りを見たまえ、もっと君に相応しい人はいる

ロミオ ベンヴォーリオ!いくら君でも、怒るぞ!

ベンヴォーリオ 僕は君のためを想っているんだ。なのに、ロザライン、ロザラインって君は言う!

ロミオ 好きになったのだから仕方ないだろう

ベンヴォーリオ 君は恋に恋をしているんだ。一緒に世界を見よう

 

ベンヴォーリオ、ロミオに祭りの参加者が書かれた紙を見せる。

 

ロミオ これはなんだ

ベンヴォーリオ 今夜の伏見の祭りの参加者が書かれている。キョウト中の美女が集まるようだ

ロミオ 行くもんか。だいたい、これはキャピュレット家の祭りだ。僕たちモンタギュー家が行けば殺されてしまう

ベンヴォーリオ よく見ろ。ここに、君の恋する人の名前が

ロミオ ロザライン・・・。だが問題は変わらない。どうやって僕たちが祭りに行くんだ

ベンヴォーリオ キャピュレット家に顔が利く仲間がいるだろう。彼はあくまで中立だからね。ほら、来たよ。マキューシオだ

 

マキューシオ、登場。

 

マキューシオ 話は聞いたぜ。ロミオ、ベンヴォーリオ。さっさと準備して伏見に向かおう。俺がいれば、ほれ(仮面を渡して)仮面でもつけて顔隠しゃ入れる

ロミオ 僕は、怖い

マキューシオ 怖い?びびってるのか?お前はそんなに小さいやつだったか?何もかも縮んじまって大変だなァ

ロミオ この前、夢を見たんだ

マキューシオ 夢なら俺だって見るさ。俺が見るのは億万の金と女が俺を囲む夢だ!

ロミオ 僕が見たのは、僕たちが不幸になる夢だ。これから先、何か恐ろしい不幸が僕を待っているような気がする

マキューシオ 不幸ねえ

ロミオ そこでは、君と僕が、永遠の別れをしてしまって

マキューシオ 夢で俺を殺すなばかたれ

ロミオ 夢は、正夢かもしれないんだ

マキューシオ 夢を見る奴は嘘をつくっていうぜ。噓つきロミオ。さあ、早く行こう

ロミオ ええい。このわからずや

マキューシオ お前は、恋から逃げたい理由を探しているのか?恋がつらけりゃ、お前が恋を刺せ!恋に勝つんだよ、ロミオ!

ロミオ わかったよ。祭りに行こう。伏見に行こう。だが、これはいろんな女を見たいからじゃない。ただ僕の愛する人が、祭りの花火に照らされる横顔を眺めるためだ

ベンヴォーリオ ロミオ。大丈夫。きっと、大丈夫だから

ロミオ ベンヴォーリオ

マキューシオ 始まるぜ。素敵な夜が!

 

三人、去る。

 

【2】伏見の小道

 

伏見。キャピュレット家の屋敷から祭りのある稲荷まで向かう小道。

歩く乳母、続くジュリエット。

 

乳母 いいですか。いい男というのは、品性があって、昼も夜もエスコートできて、お金をたらふく持つ男のことを言うのです。いい男というのはそういう存在なのです。これに全て当てはまる殿方が唯一いますね。そう、それがパリス様です。だからパリス様がジュリエット様との婚姻を申されていると知って、ばあやは羨ましいほど嬉しいのです・・・って、ジュリエット様!ジュリエット様!

 

まったく話を聞かず、流れる川を見つめるジュリエット。

 

乳母 ジュリエット様。何をしとるのです

ジュリエット ばあや。今ねカエルがいたの

乳母 カエルはどこでもおります

ジュリエット 何だって一期一会なのよ。流れる川の水も、そこにいるカエルと

乳母 カエルと?

ジュリエット カエルと、カエルと、カエルとも(指さして)

乳母 カエルばかりですね

ジュリエット だってカエルがいるんだもん

乳母 だから、いい加減カエル様の婚姻をお考えになったら・・

ジュリエット カエル様?

乳母 間違えました。パリス様です

ジュリエット ふふ。カエル様だって。カエルはね、キスをすると王子に変身するんだよ。不思議よねぇ

乳母 まったく、ジュリエット様は。高貴な殿方よりも、立派なディナーよりも、輝かしい祭りよりも、川とかカエルとかそういう平凡を好まれる

ジュリエット ばあやが一番知ってるじゃない

乳母 祭りも楽しみではなさそうですね

ジュリエット うーん。私、恋は興味あるのよ。したいと思ってる

乳母 では、お相手もおられる

ジュリエット でも恋って、もっとビビッて来るものだと思うの。私、まだビビッて来てない

乳母 はあ・・・

ジュリエット あら?言いたいことがあるならおっしゃい

乳母 いいのですか?

ジュリエット いいですよ?

乳母 この、お子ちゃま!

ジュリエット ああ!言ったわね!

乳母 ほら、祭りが終わってしまいますよ!

ジュリエット ばあや、待ちなさいー!

 

祭りの音が近くなる。

 

【3】出会いの祭り

 

伏見稲荷大社。

キャピュレット家の主催する祭り。

祭りは始まっており、みな踊ったり出店を楽しんだりしている。

そこに仮面をつけたマキューシオ、ベンヴォーリオ、ロミオ、登場。

 

マキューシオ ロミオ。ローミーオ!!

ロミオ えっ?

マキューシオ ぼーっとしやがって

ベンヴォーリオ こっそり来てるんだからその名前で呼ぶな

マキューシオ あ。いけね。へへっ。おい、ありゃなんだよ。見てみようぜ

ベンヴォーリオ 花火までは時間があるから、それまでによく見える場所を探そう

ロミオ ・・・

 

3人、舞台を出る。

そこにティボルト登場。

 

ティボルト 今のはロミオか?憎たらしいモンタギュー。

祭りを汚す不届き者。みすみす見逃すわけがない。

これは俺らの祭りなんだ。ねずみ一匹通さない。

さあ、ロミオ、出てこい、俺が殺してやるからさ。

 

足音。キャピュレット家の当主が来る。

 

ティボルト お父様、あそこにモンタギュー家のロミオが!!

 

ロミオに関わることを止められてしまう。

 

ティボルト え、あいつは我がキャピュレット家を侮辱したのですよ!?・・・

 

ティボルト、退場。

乳母、ジュリエット登場。

 

乳母 今夜も賑わってますねぇ

ジュリエット そうね。もう少し静かな方が好きだけど

乳母 大人しくしちゃって。家にいるジュリエット様の方が騒がしいでしょう

ジュリエット 失礼ね。ばあやこそジュリエット様ー!ってすぐ大声出すのに

乳母 それはどこかの姫がすぐ消えてしまうからでしょう。探す身にもなってみてはいかがです

ジュリエット 怒らないでよ

乳母 ばあやは旦那様にご挨拶をしてきます。ジュリエット様も来られますか

ジュリエット 行かない

乳母 まぁそういわず。顔だけでも見せませんか?

ジュリエット どうせパリス様がいて、私と合わせるつもりでしょ。どうして私から行かないといけないのかしら

乳母 では、ジュリエット様はここでお待ちくださいな。すぐ戻ります

ジュリエット はあい

 

乳母、去る。

 

ジュリエット ・・・現れてくれないかしら

 

ジュリエット、明かりから遠いところで、ただぼーっとしている。

そこに、仮面をつけたロミオ登場。

ジュリエットに気がつく。

 

ロミオ あなたも、休憩ですか

ジュリエット ええ。あなたも?

ロミオ なんだか、全てが無に感じてしまって

ジュリエット おかしなことを言うのね。こんなに豪華なのに

ロミオ 僕は、もっと輝くものがほしいんです

ジュリエット なに?

ロミオ え?

ジュリエット これよりも輝くものって、なに?

ロミオ それは、恋です

ジュリエット 恋?へぇ、恋

ロミオ あなたも物足りないから、ここで休んでいるのではないのですか?

ジュリエット 私は疲れたからここにいるんです。休憩って普通そうでしょう

ロミオ ああ、確かに

ジュリエット 素敵なお面ですね

ロミオ そうですか?こんなものをつけられて、なんだか僕は化かされた気分だ

ジュリエット 化かされた?狐は化かす側でしょ

ロミオ それも確かに

 

ロミオ、狐の仮面を外す。

そして二人の目が、合う。

そのとき、二人を背に大きな花火が上がる。

前舞台にベンヴォーリオとマキューシオ。

 

マキューシオ うひゃー!始まったなあ!!

ベンヴォーリオ ああ、綺麗なもんだ

マキューシオ こりゃあいいや。来たかいがあるぜ

ベンヴォーリオ あれ、マキューシオ、ロミオはどこに行った?

マキューシオ 本当だ。いねえや

ベンヴォーリオ もしかして、はぐれてしまったのか

マキューシオ あー、今頃襲われちまってるかもなあ

ベンヴォーリオ なんだって?

マキューシオ キャピュレット家の兵隊か、恋のキューピットに。なんつって

ベンヴォーリオ 笑えないぞ。ロミオが、傷つくわけにはいかないんだ

マキューシオ 大袈裟だなあ。あんなやつ、ノコノコ生きるだろうにさ

 

ベンヴォーリオ、マキューシオ、退場。

花火はついたり消えたりを繰り返し、伏見の空を照らしている。

 

ロミオ 綺麗ですね

ジュリエット そうですね

ロミオ あなたの方が、輝いて見える

ジュリエット さっきの話の続き?

ロミオ ええ、あなたに見惚れてしまった

ジュリエット 私もです。なんだか、雷にうたれたみたい。こんなの初めて

ロミオ 僕もです。なんて、なんて幸福なんだ。あなたの名前は?

ジュリエット あら、知らないの?私の名前は

 

乳母登場。

 

乳母 ジュリエット様ー!

ロミオ ジュリエット?

乳母 こんなとこにいたのですか!?

ジュリエット ごめんなさい。ばあや

乳母 あら、そちらの方は

 

ベンヴォーリオ、登場。

 

ベンヴォーリオ ロミオ、そろそろ帰ろう。キャピュレット家の連中が僕らに気づいたみたいだ

ロミオ あ、ああ

ベンヴォーリオ 早く行くぞ!

 

ベンヴォーリオ、ロミオを引きずりながら去る。

 

ジュリエット ばあや。今の人は?

乳母 ロミオです。モンタギュー家の息子の

ジュリエット あの方が、モンタギュー家?

乳母 まさか、ジュリエット様

 

ティボルト、登場。

 

ティボルト おや、ジュリエット

ジュリエット ティボルト

ティボルト この辺りでモンタギュー家を見なかったか。あのロミオが祭りにいたんだ

ジュリエット え・・・

乳母 ティボルト様。こちらには、そのような者は来られていません

ティボルト さっき人影が見えたんだがね

乳母 さあ?他の人ではないでしょうか。今日は山ほど人がいます

ティボルト ふん、まあいい。もし見かけたら、自由に動けるのも今のうちだと伝えてやれ

 

ティボルト、去る。

 

乳母 ジュリエット様。ああ、ジュリエット様!

ジュリエット ばあや、私ね、心があの人でいっぱいなの

乳母 きっと、狐に化かされたのです

ジュリエット 化かされたっていいの。でもどうして、唯一だと思えた人が、唯一の敵の、モンタギュー家なのかしら

乳母 もう家に帰りましょう。外は、暑いですから

 

【4】満月の夜

 

祭りが終わったあとの夜。ロミオはベンヴォーリオたちから離れ、キャピュレット家の城を目指す。

ロミオ登場。

 

ロミオ 傷の痛みを知らない奴だけが、他人の傷を嘲笑うんだ

 

足音。

ロミオ、その場に隠れてやりすごし、ジュリエットの部屋の前まで来る。

ジュリエット、登場。

月明かりが射す。

 

ロミオ 誰かいる。喋るぞ

ジュリエット ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの。どうか、お父様と縁を切ってその名前を捨てて。それができないのなら、私がキャピュレットを捨てたっていい・・・桃の花は、他の名前に変わっても甘い香りは変わらないじゃない。だから、名前を捨てて、私を取って

ロミオ そうするために、僕は来たのです

ジュリエット そこにいるのは誰?

ロミオ ええと、名乗ることができません

ジュリエット その優しい声は、わかります。聞いたのは少しだけだけれど、よく覚えています。あなたはロミオ?どうやってここまで?ここにいたら殺されてしまう

ロミオ あなたの笑顔が、消えてしまう方が僕は嫌だ

ジュリエット ロミオ、やっぱりあなたは、おかしな人

ロミオ 僕は、おかしいでしょうか

ジュリエット とっても。でも、この町はヘンテコばかりなのよ。ねえ、外に出ましょうよ

ロミオ え!今からですか

ジュリエット 行きましょうよ。月明かりがある内に

ロミオ あ、ちょっと!!

 

ジュリエット、ロミオの手を引き、バルコニーから外に出る。

二人は城の外に出て、夜の伏見を走る。

 

ジュリエット あそこはね。私がこんなに小さい頃よく遊んだ公園なの。ずっと昔は一面藤の森だったんですって。でね、この葉をちぎって、はい!

ロミオ はい?

ジュリエット 匂ってみて

ロミオ わ、すっぱい、柑橘の匂いだ

ジュリエット いいでしょ。次はこっち!

ロミオ はい、はい!

 

恋塚寺。

 

ジュリエット ここです

ロミオ これも思い出の場所なのですか

ジュリエット ”恋”の名前のつく場所です

ロミオ へえ

ジュリエット これから私たちの思い出になりますね

ロミオ ・・・!

 

ジュリエット、手を合わせる。ロミオも真似をする。

 

ジュリエット まだ歩けますか?

ロミオ 序の口です。足腰には自信があるのです

ジュリエット まあ、頼もしい。じゃあ、ついてきてね

ロミオ あ、まって、ジュリエットー!

 

川沿い。夏の虫のなく音。

 

ロミオ はあ、はあ、はあ

ジュリエット あれ?足腰は?

ロミオ 大丈夫です。ふう、ここは?

ジュリエット 川です

ロミオ 川ですね

ジュリエット ロミオ様のお家の近くにもありますか?川

ロミオ ええ、賀茂川や高野川などありますよ。その川の交わるところにデルタがあって、よく友人とそこにいます。はあ、はあ

ジュリエット きっと素敵なところなのね

ロミオ いえ、いえいえ。なんてことない普通の場所だ

ジュリエット いいですよね、普通!

ロミオ え?

ジュリエット あ、少しお待ちください!用事を思い出しました

ロミオ 待ってればいいのですか?

ジュリエット そうです、少しだけ!

 

ジュリエット去る。

一人になったロミオ。カエルのゲコゲコとした鳴き声。

 

ロミオ なんだろう。この温もりは

 

ジュリエット、戻ってくる。手には二つのりんご飴。

 

ジュリエット はい

ロミオ これは・・・?

ジュリエット りんご飴です

ロミオ それはわかります

ジュリエット あそこの明かりが見えますか?ほらあそこ。先程までお祭りのあった場所です。余っていたのを貰ってきちゃった。どうぞ

ロミオ ・・・ありがとうございます

ジュリエット しかし丸いわね。おい、丸いぞー。あの空に浮かぶお月様みたい

ロミオ これが月なら、ジュリエットは太陽だ

ジュリエット 何と言いました?

ロミオ いえ

ジュリエット いいから、もう一度!

ロミオ ・・・

ジュリエット 冗談です。つい嬉しくって

ロミオ ・・・ジュリエット

ジュリエット はい

ロミオ 僕と、結婚してくれませんか

ジュリエット ・・・はい、私でよければ

ロミオ では、明日にでも、式ができるようシスターにお願いをします!こっそりと二人だけの式になるかもしれませんが

ジュリエット もちろん。そうしましょう

ロミオ では明日、9時に使いを出します

ジュリエット ふふ、そうね

ロミオ どうされました?

ジュリエット もう、気づけば朝ですね

 

昇ろうとする太陽に少しずつ照らされる二人。

 

ロミオ ああ。時間が経つのが早いな

ジュリエット では、ロミオ。また明日

ロミオ はい。また明日!必ず!

 

二人、去る。

 

【5】結婚式

 

翌日。結婚式の日。

協会にシスター、乳母。

乳母、えんえんと泣いている。

 

シスター いつまで泣いているんだ

乳母 最愛の子が結婚する日に、どうして泣かずにいられますか

シスター 嬉し泣きか悲し泣きか、どちらかにしなさいよ

乳母 だって、相手はあのモンタギュー。こんなにも先の見えない結婚はありません

シスター それでも、二人なら大丈夫だと思ったから許可したんでしょう。それも主人たちに黙って

乳母 彼女が選んだのですから、私はそれを尊重したいのです

シスター あんた、変わったね

乳母 そうかしら

シスター 不思議なくらいよ。昔は男荒らしだなんて言われていたのに

乳母 もう、あの子が聞いたらどうするの!

シスター 冗談

乳母 やり直したいことはいくらでもあります。それでも、抱えていくしかないのね。きっと

 

乳母、ぷいと後ろを向く。

 

乳母 今は、あの子の幸せが私の幸せ。できることならなんでもするわ

シスター そんなところを、神様は見てくれるんだよ

 

ジュリエット、そわそわと登場。

 

ジュリエット あ!ばあや!!

乳母 あら、ジュリエット様。こんなところで奇遇ですね

ジュリエット ふふ、ばあや。ばあや。来てくれたのね

乳母 ええ。可愛いジュリエット様

ジュリエット あのね、やっぱりお母様とお父様には

乳母 わかっております。(しーっ)

ジュリエット うん。(しーっ)

 

ロミオ、登場。

 

乳母 やれやれ。どんな男がジュリエット様をたぶらかしてくれたんだと思いましたよ。最後まで、ジュリエット様を幸せにしてくださいな

ロミオ はい。必ず

乳母 ジュリエット様。ロミオ様はいい男ですね

ジュリエット でしょう。そうでしょう。私もそうだと思ったの

 

ベンヴォーリオ、登場。

 

ロミオ ベンヴォーリオ!

ベンヴォーリオ ロミオ。驚いたよ。こんな結婚を友がするなんて!ああ、挨拶が遅れました。ロミオの友のベンヴォーリオです。ジュリエット様

ジュリエット どうも、ベンヴォーリオ様

ベンヴォーリオ (ロミオに)綺麗な人だな。君は運命の星に生まれたのか?きっとこの結婚は、二人の喜びを越えて両家の良い関係につながるはずだ。キョウトが変わるぞ、ロミオ!

ロミオ 君は相変わらずだな

シスター あのロミオが結婚すると聞いたときは、私も腰が抜けると思ったさ

ロミオ シスター

 

シスター、ロミオの髪をわしゃわしゃして。

 

シスター さあ、式の準備をしようか

ジュリエット ロミオ!

ロミオ ジュリエット。行こう

 

【6】運命の日

 

昼すぎ。河原町通り。

舞台上にベンヴォーリオとマキューシオ。

 

マキューシオ 憎たらしい奴だぜ、ロミオは

ベンヴォーリオ そう言うな。君にもロミオから誘いが来てただろう

マキューシオ 行くわけねえだろ。悩むと思えば勝手に幸せになりやがってよ。祭りのあと俺は独りになったんだ

ベンヴォーリオ ロミオが来ると思って、いつもの銭湯に行ったんだろう?

マキューシオ 大概のことは風呂に入れば解決するんだ。それをわからせてやろうと思っただけだ。あいつは昔から俺の逆を行く。あいつが的に当たれば俺のは外れて。あいつの飯が美味ければ俺のはクソで。あいつが起きると俺は寝る。だから、

ベンヴォーリオ だから?

マキューシオ だから、勝手にヨロシクやる前に、俺にも話せって言いたいんだ。俺とあいつは表裏一体なんだぜ

ベンヴォーリオ そうだな。ロミオは身勝手なほど、僕らの前を行く

マキューシオ ・・・なあ、ベンヴォーリオよ。ロミオはどうだった?

ベンヴォーリオ 霧が晴れたような顔をしていたよ

マキューシオ そうかい。ならいいんだ。ったく、だがロミオは男からもモテるんだな

 

マキューシオの手に一枚の紙。

 

ベンヴォーリオ それは?

マキューシオ 果たし状だとよ

ベンヴォーリオ 果たし状!?

マキューシオ キャピュレット家のティボルトからだ。奴はよほどロミオを嫌ってるらしい

ベンヴォーリオ それをロミオは知っているのか?

マキューシオ ロミオの家に届いたのをお前らが結婚式でいないから俺が受け取ったんだ。だからあいつはまだ知らない

ベンヴォーリオ そうか。ティボルト、厄介な男だ

マキューシオ 昔のロミオなら今頃けちょんけちょんさ。こんな紙でしか喧嘩を売れない弱虫相手だぜ

ベンヴォーリオ まて、マキューシオ。あれは

 

ティボルト、登場。

 

ティボルト やあ、モンタギュー

マキューシオ よう、ご機嫌よう。ティボルト

ティボルト お前に用はない。今日はロミオは一緒じゃないのかね

マキューシオ はぁ?

ベンヴォーリオ すまない、ロミオは外しているんだ。何かあるならまた今度にしてくれるかな

ティボルト ああそうかい。ロミオのお世話は君たちがしてると思っていてね

マキューシオ ロミオのお世話だ?俺様がいつあいつの世話をしたんだよ

ティボルト 金魚の糞みたいにくっついてるじゃないか。さしずめクソのお世話係

マキューシオ よくもまぁそんなことが言えるな

ティボルト お?マキューシオ、親の力に頼るのか?哀れで仕方ないな

マキューシオ なめやがって!!

ベンヴォーリオ よせマキューシオ!

マキューシオ 止めるんじゃねえ。こいつは、俺の名に泥を塗りやがった

ベンヴォーリオ ここは人が多すぎる。どこか話せる場所に移動しよう、な?

マキューシオ ふざけんな。自分のプライドを馬鹿にされて、逃げるやつがいるかよ!!

 

そこにロミオ、登場

 

ロミオ なんだ、どうしたんだ

ティボルト 来たぜ、来たぜ来たぜロミオ!!!俺と決闘をしろ!!

ロミオ なにを言っているんだ。どういうことだ

ティボルト 剣を抜きな。キャピュレットとモンタギュー、いいや、ティボルトとロミオ。俺たちの決着をつけよう

マキューシオ ロミオ。こいつは最悪なクソ男だ。やっちまおう!

ロミオ すまない、ティボルト。君が何に苛立っているのかわからない。だが、僕は君を、キャピュレット家のことを愛する理由ができた。僕はもう変わった、君と争うことも、何も言うこともない。僕はまだ君のことを何も知らないんだ。そして知りたいと思っている。だから今日は失敬するよ

ティボルト はあ?そうやってすぐ逃げる。逃げ足だけが取柄の小僧め。この裏切り者が!!

ロミオ ・・・剣は抜かない

マキューシオ ロミオ、お前、見損なったぞ。お前が、そんなに弱っちい奴だと思ってなかったよ。酷く、残念だぜ

ロミオ マキューシオ

マキューシオ 俺が相手してやるよ。来い、ティボルト

ティボルト 雑魚はどいてろよ。まったく!

 

マキューシオとティボルトが剣を抜き戦い始める。

激しく、どこか楽しそうに、剣を交わす。

 

ロミオ よせ、よせよ、君たち恥をしれ!このキョウトで争いはいけないと、忠告されたばかりだろう!?ベンヴォーリオ、彼の剣を叩き落とすんだ

ベンヴォーリオ あ、ああ、だが、どうやって

ロミオ やめろ、ティボルト!やめろ、マキューシオ!!

 

ロミオ、戦いを止めようと間に入り込む。

すると、ロミオの腕の下から、ティボルトの剣がマキューシオを突き刺す。

そして、ティボルトはその場から立ち去る。

 

マキューシオ やられた

ロミオ マキューシオ、?

マキューシオ かすり傷もつけれず、あいつは逃げたのか。それで俺はおしまいか

ロミオ しっかりしろ、深い傷じゃない

マキューシオ ああそうだ。だが、天に登るにゃ充分だ。明日俺を見てみろよ。きっと墓の下で、うじ虫のエサになってるころだ、かーっ、情けねえなあ、俺は。何もできずにおさらばだ。なあロミオ、なんで割って入った?お前の下から刺されたんだぜ

ロミオ 君のためだと、思ったんだ

マキューシオ そうかい。へっぽこロミオ。お前はそのまま生きろよ

 

マキューシオ、にやっと笑って。

 

マキューシオ ベンヴォーリオ、眠れるところに連れていってくれ。気を失いそうだ。どっちの家も、くたばっちまえ

 

マキューシオ、ふらふらと去る。

 

ロミオ マキューシオが死んだ

ベンヴォーリオ ロミオ、落ち着けよ。今君が何かしたら、ジュリエット様はどうなる。君の帰りを待っている人がいることを忘れるなよ

ロミオ マキューシオを頼む

ベンヴォーリオ ・・・わかった。すぐ、戻るよ

 

ベンヴォーリオ、去る。

 

ロミオ  そうだ、ジュリエットがいたから、俺はこんなにも弱くなってしまったんだ。その弱さが、俺の友を殺した。こんなこと、許してなるものか

 

憎悪を帯びたロミオは、一度退場し、舞台へティボルトを引きずり出す。

 

ティボルト なんだ、やるのか、ロミ・・・

 

ロミオは剣を抜き、一方的とも言えるほど、ティボルトを刺し殺す。

雨が強く降っている。

倒れたティボルト。立ちすくむロミオ。そこにベンヴォーリオが戻る。

 

ベンヴォーリオ ここは、どこだ。地獄か

ロミオ ベンヴォーリオ、俺はどうすればよかったんだ

ベンヴォーリオ 今すぐ逃げよう。僕がきっと、君を不幸にはさせないから

 

【7】朝が来るまでは

 

ジュリエットの部屋。うずくまっているジュリエット。

乳母、登場。

 

乳母 ・・・

ジュリエット ロミオは見つかった?

乳母 いいえ

ジュリエット ・・・そう

乳母 ご飯はいりませんか

ジュリエット いらない

乳母 わかりました。失礼しましたね

ジュリエット ばあや。何かわかったのでしょう。隠さないで言いなさい

乳母 ロミオ様の、キョウトからの追放が決まったそうです

ジュリエット ・・・!

乳母 死刑でないのは、マキューシオ様のこともあったからでしょうね

ジュリエット 言葉に、なりません。従兄妹のティボルトが死に、ロミオは追われ、もう、何が起こっているのか、心がついていけない

乳母 ジュリエット様、今はどうか、自分を大事になさってください

ジュリエット みんなそうやっていなくなって、いなけりゃ、死んだも同然じゃない

乳母 ばあやは、ここにおりますよ

ジュリエット ついさっきまで幸せだったのよ、それがどうして、こんなことになるのよ

乳母 ジュリエット様。ジュリエット様!

ジュリエット もう私、潰れてしまいそう

 

ジュリエットを抱きしめる乳母。

雨は変わらず降っている。時間はゆっくりと、確かに、経過する。

ジュリエットはいつのまにか眠っている。乳母、静かにその場を去る。

少し経って、窓からロミオ登場。

 

ロミオ ジュリエット

ジュリエット ・・・ロミオ!!

ロミオ よかった、会えた!

ジュリエット ロミオ、ロミオ

ロミオ うん

ジュリエット 会いたかった、

ロミオ すまない、ジュリエット。本当にすまなかった

ジュリエット あなたが無事で、本当によかった

ロミオ そうだね。僕も、君が無事で安心した

ジュリエット けれど、もう会いに来て大丈夫だったの?私は、いつかあなたに会えるまで、あの倒れぬ大木のように、ずっしり待っているつもりだったのよ

ロミオ じゃあ、僕はいつ捕まって殺されたっていい。君がそう思ってくれているのなら、僕はそれがいい。ジュリエットは強い人だね

ジュリエット ・・・そうでしょう。私は強いから、あなたを想えば遠くにいても待てるのよ。でもこうして会えた。私は、嬉しい

ロミオ 実は、朝になったらキョウトを出るつもりなんだ。だけど、大丈夫。僕たちが一緒に暮らせる道をシスターと考えているところだから。僕は一度キョウトを出るけれど、必ずまた会いに来る

ジュリエット そっか、そうだよね。では、朝が来るまではここで

 

夜が明けていく。二人、想いを独り語る。

 

ロミオ こんな夢を見た。死んでしまった僕に、ジュリエットが寄り添って口づけをする。すると魔法のかかったように僕の目が覚めて、僕たちは二人、旅に出る

ジュリエット カエルになった王子様の話。こんなにも近くにいる人が果てしなく遠く思えるとき、私はあなたに何ができるのだろう

ロミオ 僕は特別に憧れた

ジュリエット 私はいつもの景色が好き

ロミオ ジュリエットと歩く日常が、もう一度ほしい

ジュリエット ロミオのいる景色は、宝石みたいだったなぁ

 

朝になる。

 

ロミオ どうやら、雨は止んだようだ

ジュリエット もう行くの?

ロミオ ああ、行ってくる

ジュリエット 私、あなたのことを、一瞬だって忘れないから

ロミオ 僕だって、ずっと君を愛してる。また会おう、ジュリエット!

ジュリエット ロミ・・・

 

ジュリエットの言葉届かず、ロミオは部屋を去る。

一人になったジュリエット。

そこに乳母、登場。

 

乳母 ジュリエット様。おはようございます

ジュリエット おはよう、ばあや

乳母 おや、何かあったのですか?

ジュリエット 愛しいカエルがね、私の部屋にやって来たの

乳母 カエル?

ジュリエット なに、何か話かしら

乳母 先程、旦那様が

ジュリエット お父様?

乳母 旦那様が、正式にジュリエット様とパリス様の結婚を認めました

ジュリエット え?!

乳母 明後日には、急遽式を上げるとのことです。申し訳ありません。私からは止めることができませんでした

ジュリエット ・・・明後日。明後日ね

乳母 ジュリエット様?

ジュリエット 負けるもんですか。私、とっても強いんだから

 

【8】微かな光

 

シスターのいる教会。

子どもたちに勉強を教えている。

 

シスター そうやって何年も昔の争いから、キャピュレット家とモンタギュー家は今でも睨み合っているのです。みんな、注目。いい?あなたたちは、信じたいことを信じればいい。だけど、どんな理由で信じるのか、何を目的にして争うのか、考えることが大切です。それを忘れた大人は過ちを繰り返してしまうから、子どものあなたたちがしっかりと考え続けること。決して起こっている現実から目を背けないように・・・

 

ジュリエット、登場。

 

シスター では、休憩にしましょう。・・・こんにちは、ジュリエット

ジュリエット ごめんなさい、シスター

シスター いいのよ。話はわかります

ジュリエット もう、時間がないわ。急ぎでお願いがあるの。私とロミオが、どうにかしてキョウトから出られる方法はないかしら

シスター 今ロミオは離れた山奥で身を隠してもらっている。それで昨晩考えてみたけど、とても安全に出るのは難しいわ

ジュリエット 安全でなければ、案があるということ?

シスター それだけの覚悟が、君にある?

 

ジュリエット、黙ってシスターを見つめる。

 

シスター すまない、野暮なことを聞いたね。親に黙って結婚したのも、今ここに来たのも、運命に抗う君がいるからだ。

ここに毒薬がある。これを飲めば、ゆっくりと心臓が止まるだろう。だが、仮死状態になるだけだ。48時間ほど経てばもう一度心臓が動き出す

ジュリエット それを飲んでどうするの?

シスター 家の人間はジュリエットが死んだと思うだろう。そして48時間経って、ジュリエットが目覚めると同時にロミオが迎えに行き、二人でキョウトを出るんだ。ジュリエットは死に、ロミオは追放されたと思われれば、キョウトから君たちの存在はなくなってどこか別の場所で暮らしていくことができる

ジュリエット 私を死んだことにするのね

シスター これは賭けだ。家も名前も、ロミオ以外のすべてを手放すことになる。飲むかどうかは君に任せる

ジュリエット 私、やるわ

シスター わかったわ。この作戦をロミオに伝える手紙は私が出す

ジュリエット ありがとう。でも、ばあやには言わないで。きっとばあやは私を止めるから

シスター ええ。幸運を、ジュリエット

 

ジュリエット、去る。

一人になったシスター。

しばらく考え込み、ジュリエットの去ったあとを向いて。

 

シスター 本当にあの子たちを、見ることができているのだろうか

 

【9】誤報

 

翌朝。心臓が止まったジュリエットが発見された。

その知らせは伏見からキョウト中に広がり、耳にしたベンヴォーリオは朝早くにキャピュレット家の葬儀場を訪れる。

ベンヴォーリオ、登場。

 

ベンヴォーリオ ジュリエット様が、死んだ・・・?

 

乳母、登場。

生気のないような足取りで、ベンヴォーリオの横を通り過ぎる。

途端、乳母は崩れてしまい、擦れる声が聞こえる。

 

乳母 どうして。ばあやを、置いて行かれたのですか

ベンヴォーリオ 本当に、亡くなられた

乳母 ジュリエット様、ジュリエット様・・・・・・

ベンヴォーリオ ロミオに伝えないと。一生ジュリエット様と会えないまま終わってしまう!!

 

先程から数時間が経って。

シスター、登場。

 

シスター まだ手紙を送れていない?どういうことです。・・・雨で、地面が緩んで。けれど、道を渡れない程のことではないでしょう??・・・待ってくれと言われても、(時計を見て)今から向かわなければ、48時間が過ぎてしまう。これは、命がかかってるんです!早く、ロミオに、ジュリエットが生きていることを知らせないと

 

シスター、走り去る。


ロミオの隠れる山の奥。

ロミオ、登場。

鳥たちの鳴き声。

 

ロミオ 今日はなんだか、よく鳴いているな。そろそろシスターから連絡があるころだと思うが、連絡はまだか

 

そこに着いたのは、ベンヴォーリオ。

ベンヴォーリオ。登場。

 

ベンヴォーリオ ロミオ!

ロミオ ベンヴォーリオ!ベンヴォーリオじゃないか、久しぶり、いや、まだ少しの間か。よくここまで来てくれたな。シスターからの連絡を持ってきてくれたんだな

ベンヴォーリオ シスター?いや、それは知らない

ロミオ じゃあわざわざ顔を出してくれたのか。ジュリエットは元気か?

ベンヴォーリオ ジュリエット様は、亡くなられた

ロミオ 今、何と言った?

ベンヴォーリオ ジュリエット様は、毒を飲んで死んだ

ロミオ いくら君だって、そんな嘘ただじゃおかないぞ

ベンヴォーリオ 本当だ

ロミオ やめろ

ベンヴォーリオ 本当なんだ、ロミオ

ロミオ やめろよ。そんなわけがない!!

 

ロミオ、ベンヴォーリオを押し倒す。

 

ロミオ また会おうって、僕らは約束したんだ!!

ベンヴォーリオ 冗談を僕が言うわけがないだろう?!

ロミオ わかってる。君だから、信じられないんだ!

ベンヴォーリオ 僕を殴ったっていい。だが、それだけでいいのか!!

 

一瞬の静寂。


ロミオに手を伸ばすベンヴォーリオ。

 

ベンヴォーリオ まだ君の物語は終わっていない。そうだろう

ロミオ 教えてくれよ、僕はどうしたらいいんだ

ベンヴォーリオ 君が今、一番会いたい人は誰だ。君が彼女の最後を見届けないで、いったいどうするんだよ。すっかり仕方のない弱虫になったな、この阿呆め。僕は、誰かのために走れる君が好きだったんだ。愛する人に駆けつけてやれよ、なぁ、ロミオ・モンタギュー

ロミオ ベンヴォーリオ、

ベンヴォーリオ 行くんだ、ロミオ!!!

 

ベンヴォーリオ、去る。

 

ロミオ どうかしてる。どうかしてるよ。信じられないことばかりだ。胸を刺すばかりだ。

 

ロミオ ジュリエット、君に会えて、初めて僕が僕らしくいられるような気がしたんだ。君がいれば、もう、何もいらないくらい、世界が輝いて見えた。あの夜の散歩が、丸いりんご飴が、出会いの花火が、夢みたいな結婚式が、僕は何よりも幸せだった。これからの僕たちはこういう幸せでできていくんだなぁって思ったんだよ。すごくすごく楽しみだったんだよ。

 

ロミオ だから頼むから、何かの間違いであってくれよ。無事でいたらさ、また行こうねって誓った場所に散歩しようよ。それができないなんて嫌だよ。君の笑顔をただもう一度見たいんだよ。また会いたいよ、ジュリエット

 

ロミオ、向かう途中、ある薬屋で致死量の毒薬を金で奪い取る。

手には、一ビンの毒薬。

 

ロミオ 貧乏から買った毒だ。もし。君が既にこの世にいなくても。僕は必ず君の後を追うよ

 

ロミオ、キャピュレット家の城を訪れる。

 

【10】一つの結末

 

ジュリエットの棺のある部屋。そこにジュリエットが眠っている。

ロミオ、登場。

 

ロミオ ジュリエット

 

ジュリエットに寄り添うが、ジュリエットの反応はない。

 

ロミオ ああ、ジュリエット。どうして君がそこにいるんだ。僕は、間に合わなかった

 

毒薬を手に持つ。

 

ロミオ 君がいない世界に、僕が生きる理由はない。だから、君のいるところまで会いに行くよ

 

ロミオは毒薬を開け、ジュリエットの隣で、自分の口に入れようとする。

そのとき、ジュリエットの目が覚め、間一髪ジュリエットの手が届く。

 

ジュリエット 間に合った

ロミオ ・・・ジュリエット?

ジュリエット ロミオ、今飲もうとしたのは毒?まさか私の横で死のうとしたんじゃないでしょうね

ロミオ だって、君が目覚めないから

ジュリエット 待っていると、約束したでしょ

ロミオ こんなになってまで、僕のことを想ってくれたのか?そうだ、君はこんなになるまで、僕のことを想ってくれるんだった

ジュリエット この伏見に、西洋物語みたいな悲しみは似合わないもの。おかえりなさい

ロミオ ただいま、ジュリエット

ジュリエット これからは、一緒にいてくれる?

ロミオ ああ、ずっと一緒にいるよ。ずっとずっと、僕たちは一緒だ

 

その空気を止めるように、突如大きな声が聞こえる。

 

ベンヴォーリオ カット!

 

暗転。

 

【11】伏見のジュリエット

 

明転すると、【10】のまま静止したロミオ、ジュリエット。

その近くに、原稿用紙に何かを書いているベンヴォーリオ。

ここは京都の伏見。

 

ベンヴォーリオ もう少し、感動できるようにしたいな。そうだ、ティボルトが実は生きていて、最後にここでティボルトを殺して、ロミオとジュリエットが出会うのはどうだろう。その方が展開として盛り上がる。ロミオが弱く見えすぎるのも良くないな。もっとジュリエットをエスコートできるように、台詞をハッキリしたものにしよう。次はさらにいい結末にしような、ロミオ

 

ロミオに反応はない。

 

ベンヴォーリオ よし、また初めからだ

 

ベンヴォーリオが振り返るとき、シスター登場。

 

ベンヴォーリオ ・・・あなたは、どうして!?

シスター 不思議か?私がここにいるのは

ベンヴォーリオ 意味がわからない

シスター 迎えに来たよ。ベンヴォーリオ

ベンヴォーリオ 迎えに?

シスター こんな東の国まで探すの苦労したんだよ。随分時間がかかってしまった。あの日から、もう5年になるか

ベンヴォーリオ 何を言っているのか、さっぱりわからない!

シスター 帰っておいで

ベンヴォーリオ どこに!

シスター 私たちの国に

ベンヴォーリオ 僕の国は伏見だ!

シスター ・・・そうやって、君は自分を守ってきたんだな

ベンヴォーリオ はぁ、?

シスター 私たちがいたのは、ヴェローナの街だ。ここじゃないよ

ベンヴォーリオ いや、いるじゃないですか、ここにロミオが、ジュリエットが!!

シスター いない。ここには、私と君以外、誰もいない

ベンヴォーリオ ええ??

 

ベンヴォーリオ、ロミオの方を向く。ロミオは静止したまま。

 

ベンヴォーリオ 何とか言ってくれよ、ロミオ。シスターがおかしなことを言うんだよ

シスター (落ちた原稿用紙を拾う)これは、「伏見のジュリエット」。ベンヴォーリオ、君が書いたのか。そうか、君は私を恨んでいるだろう

ベンヴォーリオ 返してください

シスター 私が、あの作戦をロミオにいち早く伝えていれば。いや、それ以前に危険な案を考えなければ、そもそも、ロミオとジュリエットの結婚式を許さなければ、あんなことにはならなかった。君の親友を、ロミオとジュリエットを殺したのは、私だ

ベンヴォーリオ 違います!!!

 

ベンヴォーリオ、シスターから原稿用紙を取ろうとして

原稿用紙はひらひらと宙に舞う。

 

ベンヴォーリオ ロミオを殺したのは、僕だ・・・!!

シスター そんなことはない

ベンヴォーリオ 僕なんです!!あの時、僕が、ジュリエット様が死んだことをロミオに伝えなかったら、ロミオの傍に最後までいてやれたら、ロミオは死ななかったんだ!だから、僕が、ロミオを殺してしまったんだ!!!

シスター それで君は書いたんだな。決して彼らが不幸にならない、「伏見のジュリエット」を

ベンヴォーリオ あの日本当にあったことを、思い出さないようにしたんです。だって、あまりにもどうしようもならないことが、僕には多すぎる・・・こんな僕、生きている意味が、ないじゃないですか・・・

ロミオ 気に病むことはないぞ。ベンヴォーリオ

ベンヴォーリオ ・・・ロミオ

ロミオ ごめんな。君に、辛い思いをさせてしまって。ありがとう。僕を、忘れないでいてくれて

ベンヴォーリオ 違うよ。僕が、君を不幸にさせてしまったんだ

ロミオ ・・・覚えてる?昔、シスターの飼っていた犬が裏山にはぐれてしまったことがあって。僕は、残念だけどもう仕方ないと思ってた。だから、大泣きするマキューシオを一晩中慰める君を見て驚いた。友達のために、何もできないなんて嫌だって、そこで気づいたんだ

ベンヴォーリオ それで山に行ったのか。泥まみれなって、怪我までして君は帰ってきた

ロミオ 能天気な犬を抱えてね

ベンヴォーリオ 僕はそのロミオを見て、誰かのために走れる人だと思ったんだ。僕もそうなりたかったんだ

ロミオ 君がいてくれて。僕は幸せだったよ

ベンヴォーリオ そんな言葉、もったいないよ

ロミオ 先にヴェローナで待ってる。僕の墓に、君の好きなものでも添えてくれ

ベンヴォーリオ り、りんご飴とかどうだろう。この国で見つけたんだ。きっと、君もジュリエット様も似合うと思った。ぜひ食べてほしい!

ロミオ はは、そりゃあいいな。楽しみにしているよ

ベンヴォーリオ ロミオ!!!君と出会えて、僕は・・・!!

 

一瞬の暗転。

次に明かりが灯るとき、部屋にはベンヴォーリオとシスターのみ。

 

ベンヴォーリオ たどり着いたのは偶然だったんですけど、この街も、案外悪くなかったんです。川が流れて、自然があって、愉快な人がたくさんいた

シスター 似ているのかもね。ヴェローナの街に

ベンヴォーリオ ははは、そうかもですね。・・・シスター。帰りましょう

シスター うん。帰ろう。ベンヴォーリオ

ベンヴォーリオ あ。りんご飴、買って帰ろうかな

シスター レシピを教えてもらえばいいだろ。まだまだ先は長いんだから

 

静かにふたり光が射す。

 

幕。

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