不老不死志怪物語
そのむかし、城福、字を長恭という若者があった。安陽の挙人で合理的で皇帝の信頼厚い人物だった。
長恭は皇帝より不老不死の霊薬を探すよう命じられ、旅に出た。
険しく、長い旅路の果てに、長恭はとうとう冥府にある十王殿へと辿り着いた。
十王殿には霊薬が数多く眠っているとされていた。
殿中は安陽でも見たことがないほどの豪奢な装飾と死の匂い漂う静謐な空気に包まれていた。
長恭は泰山府君への御目通りを願ったが叶わなかった。
長恭は大いに落胆した。
途方に暮れながら、十王殿から出ると、美しい毛並みをした白狐が声を掛けてきた。
聞くと、白狐は子明といい、十王殿の判官を父に持ち、その父に届け物をした帰りに落胆している長恭を見かけ、堪らず声を掛けたということだった。
長恭は勅命とこれまでの旅路を子明に打ち明けた。
話を聞き終わると、子明は
「私が泰山府君に化けて、霊薬を盗み出します」
と言った。
長恭は一度は断ったものの、それ以外に不老不死の霊薬を手に入れる方法が思い浮かばず、最後には首を縦にした。
「獄吏の様子を見計らって盗み出します。私に三日、猶予を下さいませ。三日のうちに必ず霊薬をあなた様の元を持ち帰ってみせます。私が持ち帰った後は、誰とも口を聞かず私の家の離れで五日間過ごして下さい。五日経って何事もなければ霊薬はあなた様の物となり、持ち帰っても心配ありません」
一呼吸おいて、子明はこう続けた。
「私が無事に霊薬を持ち帰ることができ、あなた様が勅命を果たした暁にはここへと戻って私と契りを結んで頂けないでしょうか」
ひと目見た時から長恭もまた子明を好ましく思っていた。長恭はしかと頷き、両前足を両手で握り、約束を取り結んだ。
子明の手際は鮮やかなもので約束した三日のうち一日目に霊薬入りの壺を持ち帰ってきた。
霊薬は法花蓮鷺文壺の中に保管されていた。長恭はそれを無言で受け取り、離れに篭った。
祭壇を作りそこに壺を安置していたが、五日目の朝、真っ二つに壺が裂け、中には霊薬を三つ納められていた。
法花蓮鷺文壺の中に入っていたのは、長年腰斬の刑に使用した辰砂の刃を溶かし、天台烏薬と練り合わせて固めた丸薬、霊宝天尊、道徳天尊、元始天尊の三神の血液を混ぜた混神血、武当山の山頂に百年に一度生える霊芝の乾物の三つだった。
長恭は考えを巡らせた。
安陽と冥府の往復を考えると子明と暮らせることになるまでにかなりの時間を要し、それまでに自分が死んでしまうかもしれない。
この先の子明との暮らしの為に霊薬を飲み、皇帝陛下への献上品は二つにすればよいと長恭は思い至った。
三つの霊薬の内、混神血を長恭は飲むことにした。
躊躇うことなく、混神血を一気に飲み干すと、途端に身体と心が軽くなるのを感じた。
勅命や現世でのしがらみが消えて無くなっていく感覚があった。同時に知識も消えていくのを感じた。
消えていく知識を振り絞り、自分が飲んだのは三神の混神血ではなく孟婆湯だったことを長恭は悟った。
孟婆湯によって記憶を失い、昏倒した。
しかし、様子を見に来た子明によって助けられた。
助け起こされた長恭は自身が何者かわからなくなっていたが、子明は甲斐甲斐しく介抱し、素性と生活の知識を教えた。
落花情あれども流水意なし
それでも子明の思いは落花流水の情へと長恭を変えた。改めて子明へ婚姻を申し込んだ。
子明は泣いて喜び、晴れて夫婦となった。
記憶を失ったままだったが、長恭はその後、幸せな一生を送った。
史実では長恭が旅立った後、ほどなくして皇帝は亡くなったという。無くなる寸前まで忠臣長恭を待ち侘びた最期だったと伝えられている。
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