夏休みが嫌いな理由
彼は東京都品川区生まれだった。小学校から私立に通いエスカレーター式に大学まで行った。
大学生になって港区に一人暮らしした。親が疎ましくなったのだ。よくあることだ。共働きの親も好きにしなさいと、家賃を払ってくれたし、10万円仕送りしてくれた。
彼は大学生になって初めて地方出身の友人ができた。地方出身の友人はよく飲み会の約束をキャンセルした。地元の友人の方が気がおけないとも言った。恋人も地元にいた。時々会っているようだった。
彼には帰省という概念がなかった。心の拠り所がないと言ってもいい。彼は地方出身の友人が地元の言葉で喋ったり、同郷同士うちわの話で盛り上がったりする時、そっと席を離れた。
正直地方出身者がうらやましかった。あと少しで夏休みとかあと少しでGWとか言ってはしゃぐ友人たちが気に障った。
特に関西弁を喋る男はいけすかなかった。すぐ安請け合いするし約束を破るしおしゃべりだった。
彼は新聞に地方で苦労した話などを自慢げに書いているお偉方が嫌いだった。自分が東京生まれで東京育ちで苦労を知らないお坊ちゃんとおもわれているようで嫌な気持ちがしたのだ。
帰るところがあるから頑張れるというような気持ちも持ち合わせていなかった。山も海もなく、ビルに囲まれている東京が彼の故郷だった。それの何が悪いんだ。彼はみんながいなくなる夏休みを一人で東京のカフェのバイトでつぶした。地方から友だちと遊びに来ているグループに水を出しながら、帰る場所があっていいなと言ってやりたかった。
彼は白い顔に作り笑いを浮かべてカフェのバイトをこなした。入道雲が鰯雲に変わる頃だった。彼は夏休みが嫌いだった。