スイスのカフェ

 彼はクレディスイスの近くのチューリッヒのカフェで店長をしていた。そのカフェにはお昼休みによくクレディスイスの銀行員がお茶をしにきていた。

 銀行員たちはとても身なりが良く、保守的で、マナーも良かった。ありがとうという言葉も忘れなかったし、従業員へのチップも少なくなかった。そして家族を大切にしているようだった。もちろん仕事はできるのだろうが、軽はずみにカフェで顧客の情報を漏らすような会話は一切しなかった。和やかにお天気の話やサッカーの話をするのだった。

 店長にクレディスイスの破綻の情報が入ったのは新聞からだった。新聞によるとアメリカのシリコンバレーの銀行が倒産したことが少なからずクレディスイスに影響を与えたとのことだった。彼にとってシリコンバレーの銀行は聞いたこともない名前だった。ただ、シリコンバレーというのはネットの世界では有名だということぐらいはカフェの店長をしていても知っていた。

 金持ちだと思っていたIT企業を相手にしている銀行の破綻がクレディスイスにも影響を与えてしまった。

 彼はショックだった。彼のカフェの顧客の半分はクレディスイスの行員だった。顧客が半分になってしまう。彼はめまいがした。スイスの銀行が潰れるなんて。しかも大手。原因はIT企業を相手にしていたシリコンバレー銀行の破綻が発端だって?

 どうなってしまったんだ。世界はどう流れているんだ。いや、そんなことより従業員のバイト代を払わなければならない。急いで在庫管理のやり直しをしなければならない。頭が真っ白になった。

 彼には台湾人の友人がいた。台湾では今、WBCという野球の話題でもちきりだよとその友人は楽しそうに言った。

 頼むよ。うちはそれどころじゃないんだ。呑気な台湾人を逆恨みしながら彼は発注数の変更を余儀なくされていた。

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