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嘲笑う石 第8話とエピローグ

全ての証言を聞き終えた風祭輝国かざまつり てるくにの見解
「思い出すのも辛い事だったと思いますが、娘さんの事も含めて話してくださってありがとうございました。
 私は時坂先生から『いないいないヨーイドン』という遊びをを子供達に広めているのが誰なのかを調べるという調査を引き受けてから、関係者から証言を聞きました。全体像が見えてくるにつれて、どのような結果を迎える事が皆にとって一番良いのか迷うところがありました。今日この場所に来てあなたとはなちゃんの話を聞く事が出来て良かったと思っています。
 人が悪い事をした時は法律で裁かれて罪を償いますが、怪異ばけものの場合はそのような決まりはありません。その場の状況やその時の感情で判断すると公平で平等な対応を取ることは出来ません。
 私の祖父は趣味で怪異ばけもの退治をしていましたが、退治する判断基準を定めていました。私もその基準を守っています。退治する事になる怪異ばけものはこれから言う四つの条件を全て満たす個体です。
 
 条件1   人間に危害を加えた、又は加えたいという願望や意思を持っている
 条件2   自己を正当化する傾向が強い
 条件3   反省する事がなく、忠告や助言に耳を傾けない
 条件4   周囲の環境が条件1~3を助長させるもので改善する事が困難である

 あなたとはなちゃんは、他の証言者と決定的に違うところがあります。それが何かわかりますか? 
 他の証言者は京太郎君の事故を防げなかった事を後悔していました。もっと何か出来たんじゃないかと自分を責めている人もいました。皆京太郎君を失った事を悲しみ、傷ついていました。
 あなたとはなちゃんも後悔していましたが、それはあなた達の計画通りにいかず、あなた達が求める結果を得られなかったからですよね。自分達が傷つく事や痛みには非常に敏感なのに、他人の傷や痛みに対しては驚く程鈍感です。自分達が満足を得る為だったら、ためらう事なく他人を傷つけ苦しめようとします。
 もう、何を言っているのかわかりますよね。
 残念な事にはなちゃんは4つの条件全てを満たしています。

 終わりです。」

 私は両手に持っていたはなちゃんを上に放り投げて、軽く両手を合わせた。

 パン。

 小さな破裂音が聞こえた。白い石はバラバラに砕けて白い粒子になり、空中に拡散した。白い粒子に太陽の光があたり、キラキラと輝きながら緑色の芝生に降ってきた。白い粒子はゆっくりゆっくり降り積もり、雪が溶けるように消えていった。
 島軒しまのきさんは呆然と眺めていたが降り積もる白い粒子に走り寄った。必死にかき集めようとするが、次々に手のひらから消えていく。

 「嘘。こんなの嘘よぉ。はなちゃんはなちゃんはなちゃん。お母さんを置いていかないでぇ。」

 島軒さんの悲痛な声がそらにつづく幼稚園の園庭に響き渡った。マグマのように島軒さんから湧き出ていた悪意はいつのまにか消えていて、残りカスのようなものが周囲にフワフワと漂っていた。

結果と報告

 島軒さんは幼稚園のボランティアを辞めた。はなちゃんを失った島軒さんは生気が無くなり、表情も虚ろになってしまった。悪意と共に大量のエネルギーを失ってしまったのだろうか。
 去り際に投げかけられた「私はあなたを一生恨みます。」という言葉を私は心に深く刻み込んだ。何かを決断するという事は何かを失う事でもある。全ての人が満足する結果を得る事は不可能だ。色々な選択肢を検討したが、これ以上の方法は無かったのだから仕方ないのだ。そう自分を納得させた。
 島軒先生には簡易的な報告をした。私がはなちゃんと島軒さんに対峙している間に園庭に子供達が来る事が無いようにしてくれた事、園庭にある防犯カメラの位置を調整してくれた事などの協力を感謝した。
 おかげで子供達に危害が及ぶ事なく全ての事を終える事が出来たし、島軒さんが私の首に鎌を突きつけている映像を撮る事が出来た。何かがあった時はこの映像を提出してもらおうと思う。時坂先生には詳細な報告書を作成してから別日に渡す事を約束した。時坂先生は長年幼稚園で顔を合わせていた島軒さんが関わっていたという事がショックだったようだ。
「まさか島軒さんが。という気持ちでいっぱいです。長年の疑惑が明らかになったのに気持ちが晴れません。」
 
 その後で時坂先生に連絡してもらい、私は遥ちゃんの家に向かった。インターホンを押すと玄関の鍵を遥ちゃんが開けてくれた。ドアを少し開けて手招きしてくれたので私は玄関に入った。
 私は遥ちゃんに「はなちゃんはいなくなったよ。」と伝えた。遥ちゃんはキョトンとして「お引っ越し?」と聞いてきた。
「引っ越しとは違うかな。二度と会えないすごく遠くにいっちゃったんだよ。」と私は答えた。
「そっか。じゃあ、京太郎はどうなるんだろう?遥が京太郎に話したからはなちゃんが怒って京太郎をどっかに隠しちゃったんじゃないかと思ってたの。だから遥が家族や先生にお話ししない約束を守れる子だとわかれば京太郎が戻ってくると思ってたんけど違うのかな?」
 こういう時何と言えばいいのだろう。私は喉にグッと込み上げてくる何かを必死に押さえ込んだ。
「遥ちゃん。お父さんとお母さんとまだお話ししていないの?」
「うん。」
「話していいんだよ。はなちゃんはいなくなったし、京太郎君を隠す力なんてないんだから。京太郎君の事はお母さんに聞いてごらん。」と伝えた。これが自分に出来る精一杯だと思った。
 リビングに入るとソファに横になっている遥ちゃんのお母さんが見えた。私が挨拶する前に遥ちゃんがお母さんに話しかけた。
「ママ。風祭のおじさんが来たよ。」
 その言葉を聞いた遥ちゃんのお母さんは目を見開いた。大きなクマが出来た窪んだ眼から大粒の涙が次々と溢れてきた。
「遥。遥。遥。話しても大丈夫なの?」
 遥ちゃんのお母さんは遥ちゃんを呼び寄せると抱きしめて泣き続けた。遥ちゃんもお母さんの背中に手を回した。
 この光景を見て私はこれで良かったのだと思った。

 2人が落ち着いてから私は手土産のお菓子を渡した。フルーツが沢山入ったゼリーの詰め合わせだ。
「食べていい?私ブドウがいい!」
「スプーンを持ってきてテーブルで食べなさい。」
 遥ちゃんは箱からゼリーを取り出してテーブルに向かった。
 遥ちゃんのお母さんは体を起こして私に言った。
「風祭さん。本当にありがとうございます。本当に‥‥‥。」最後の言葉は涙と消えた。私は気恥ずかしくなり「いえいえ。」とか「そんなお礼を言われる事では。」などの言葉を返した。
「全容がわかったんですが聞くのが辛い話になると思います。お腹の赤ちゃんの事もあるので違う日にお話ししましょうか?」
「そうですね。でも、今日聞いておいた方がいい事は今日聞きたいです。今日じゃなければ良さそうな事は後日夫と一緒に聞きたいと思います。」
 私は島軒さんの話をした。遥ちゃんのお母さんの姉が起こした事故で亡くなった女の子の母親で加害者家族である遥ちゃんのお母さんを恨んでいる事、もしかしたらまた嫌がらせをしてくる可能性がある事。
「そうだったんですか。あの時の人だったんですね。苗字が変わっているのでわかりませんでした。私は姉と団地の人から話を聞いて被害者とそのお母さんが悪いと決めつけていました。だから被害者のお母さんの話を聞きながらずっと怒っていました。この人がちゃんと被害者に注意していたら姉は事故を起こす事もなかったのに何で100%自分には非が無いみたいな言い方が出来るの?って。それが態度や言葉に出ちゃったんですね。
 でも、署名運動を続けた事も自分が言った事も後悔していません。姉にも過失があったと思いますが、あの人が被害者に注意していたら起きなかった事故だと今でも思っています。
 あの人が言っている事に共感出来ることなんて一つも無かったですが、京太郎を事故で失って子供を失うという事の辛さがどれほどのものかという事がわかりました。同じ母親としてその辛さは共感できます。」
 遥ちゃんの両親は家に来たりインターネットで誹謗中傷している人達への対応を警察や弁護士に相談しているとの事だった。また、島軒さんに対しても対応していくと言ったので、次に会う時に島軒さんとの会話を録音したデータを渡す事を伝えた。
 最後に私は遥ちゃんが京太郎君が死んだ事を理解出来ていないようだ、と伝えた。
「そんな気がしていました。寝る時は川の字になって寝るんですが、毎晩遥が京太郎を探すんです。日中は居ないけど夜には帰って来るだろうと思うんでしょうかね。遥には辛い話になると思いますが、伝えようと思います。」
 遥ちゃんのお母さんは弱々しく微笑んだ。
 
 帰る時に遥ちゃんが御守りを返してくれた。私ははなちゃんに鬼婆と評された祖母の髪が入った御守りをポケットに戻した。

 遥ちゃんの家を出てから私はゆっくり歩いた。遥ちゃんが話せるようになって嬉しくなり、気が緩んだのだろうか。パッと島軒さんの言葉が蘇った。
「私にはあの子しかいないの。あの子がいなくなったら私は生きていけないわ。」
 2度も娘を失った母親。その悲痛な泣き声。娘の名前を呼び続けたあの姿。 
 祖父の基準に従って正しい決断をしたはずなのに『皆がハッピーエンドになれる正解』を探してしまう。2人を諭してはなちゃんを助けたとして、あの他責傾向が強い2人が反省して心を入れ替える事なんてあるだろうか?むしろ酷い目にあったと憎しみを募らせて復讐しようとするんじゃないだろうか。その結果危険に晒されるのは遥ちゃんの家族、幼稚園の子供達だ。
(割り切るんだ。輝国てるくに。全ての人を救う事は出来ないんだから。)

 気がつくと事故現場である横断歩道に来ていた。
 横断歩道の上にはかなり薄くなった京太郎君が漂っていた。目があった。
「京太郎君。何か気になる事があるのか?」
 私はダメ元で聞いてみた。京太郎君はふわりと私の近くに舞い降りると私の手を引っ張った。前方の信号が青になったので私は京太郎君に手を引かれるような形で横断歩道を渡った。
 京太郎君は信号の根元に供えられた小さな花を指差した。
「この花がどうしたの?」
 京太郎君は何かを訴えるように私を見つめたが伝わらないと察したのか悲しそうな顔になり、消えた。

 その場に立って今起きた事の意味を考えていた私は、報告しなければいけない人がもう1人いる事を思い出した。

エピローグ

 突き刺さるような太陽の光が降り注ぐ中、汗を滴らせながら私はその場所に何日も通った。以前の反省を活かして汗を拭き取るタオルを大きめのサイズにしたから、交換頻度は減ったが荷物は増えた気がする。
(あと何枚交換したら会えるだろうか。)
 私は京太郎君が事故に遭った横断歩道で、ある人物を待ち続けていた。伝えたい事があったからだ。
 歩道に立っていたら頭がクラクラしてきたので木陰に避難した。
 木陰で涼みながら、ぼーっと目の前の道路を眺める。今日も通行する車はスピードを緩める事なく横断歩道の上を通り過ぎていく。信号が点滅して赤になっても更にスピードを上げて通過していく車が何台もあった。
(赤信号は“急げば間に合う”じゃないんだ。こんな車がいるからいつまでたっても交通事故が減らないんだ。)
 今も横断歩道に佇む京太郎君の姿が見える。
(この前、何かを伝えようとしてくれたんだけどわからなかった。京太郎君をこの場所に留めているものは何なんだろう?)
 目の前を何かがゆっくり通り過ぎた。
 大きな麦わら帽子を被り右手で杖をついている女性。左手には白い小さな花を持っていた。その人は信号の根元にその花を供えて両手を合わせた。
(ようやく会えた。)
 私はその人に近付いた。いつのまにか私の近くに京太郎君が来ていた。
「こんにちは。以前ここでお話しした風祭です。」
 女性は訝しげに私を見つめたが「ああ。あの時の。」と思い出してくれた。相変わらず日に焼けていたが、以前より痩せて疲れた顔をしていた。
「風祭さん。調査はどうなりましたか?」
「おかげさまで解決出来ましたよ。」
「そうですか。」
「さっきお花を供えていましたね。」
「これしか出来る事がなくてねぇ。あの時の事が忘れられないの。あの子の事を毎晩夢に見るのよ。助けられなくてごめんね、ごめんね、動けんかったお婆ちゃんを許してね。そんな気持ちでここに来るの。」
 ちゃんとご飯を食べれているのだろうか。夜はぐっすり眠れているのだろうか。心配になるくらい以前に会った時と様子が変わってしまっていた。
「私は今回の調査で事故に遭った男の子のお母さんに会いました。お母さんはあなたに感謝していましたよ。あなたが居なければ娘も失うところだったと言っていました。」
 杖をついた女性の顔がクシャクシャと崩れた。
「そうなの?私を恨んだりしてなかった?私みたいなお婆ちゃんじゃなくて若い人が近くにいたら良かったとか言ってなかった?
 ‥‥‥‥‥‥よかった。私のせいで子供が死んだと思われてたらどうしようってずっと怖かったのよぉ。」
 京太郎君が杖をついた女性の手をぎゅっと握りしめていた。私に何かを訴えるようにじっと見つめてきた。
(この人に何かを言ってほしいのか。何て言ったらいいのかな?)
 その時私の脳内に『お姉ちゃん』『助けてくれた』『泣かないで』という言葉が浮かんだ。それらを組み合わせて私は言った。
「事故に遭った男の子もその家族もあなたを恨んだりしていません。大事なお姉ちゃんを助けてくれてありがとうと感謝しています。知らない人は好き勝手に言うかもしれませんがそんな事は気にしないでください。あなたは1人の子供の命を救ったんですから。」
 杖をついた女性は顔をしわくちゃにしながら泣いていた。
 その手を握る京太郎君の姿がどんどん薄くなっていくのが見えた。
(これで良かったのかい。京太郎君。)
 京太郎君は煙のようになってふわりと浮かび上がると空に消えた。
 


 
 
 
 
 


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