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嘲笑う石 第7話

 「何が終了だって?とても面白い冗談だね。はなちゃんこそ自分の状況をわかっているのかな?」
 私は背後に立って首筋に草刈り鎌を突きつけている島軒しまのきさんにもよく見えるようにはなちゃんの両端を持った両手をゆっくり持ち上げた。
「何?何?どうなってるの?ずっとチクチクして痛いんだけど!」
 はなちゃんはギャンギャン喚いている。
「その針は何ですか?」島軒さんは剣山のように針まみれになったはなちゃんを確認すると感情をおし殺したような静かな声で聞いてきた。その能面のような顔からは何の感情も読み取れないのに、島軒さんから湧き出る悪意はとどまることを知らないようだ。
「この針は人間に使っても血行を良くする事しか出来ないんだけど、怪異ばけものに使うと血行が良くなりすぎて負担がかかって破裂させちゃう事があるんだ。特に人間にとっての心臓ともいえる核に刺せると確率は100%だよ。
 怪異ばけものの核がある場所はそれぞれ違うから探すのが大変なんだけどはなちゃんは怒ってくれたからすぐに見つける事が出来たよ。」
 島軒さんが息を呑むのが聞こえた。はなちゃんは喚き続けている。
「何それ。何それ。話しに来たって言ってたのに嘘つき!私を騙したのね!おじさんて超ヤバい人じゃん。なんで勝手にそんな事するの?酷いよ。」
「嘘つきとか酷いとか勝手にとかよく言うよ。遥ちゃんに危険性を隠して死ぬかもしれない事をやらせようとした癖に。遥ちゃんが車に轢かれる事を期待して2人で見に行ったんだろ?
 自分は他人に嘘をついて騙すのに、自分に対しては誠実な対応を求めるなんて自分勝手だなと思うけどね。」
「うるさい。うるさーい。嫌だ嫌だ。破裂したくない。なんで体が動かないの?
 お母さぁん。怖いよ。助けてぇ。」
 はなちゃんは泣き始めた。赤黒いシミがふにゃふにゃと動く。その動きもさっきより鈍くなり緩慢になっているように見えた。
はなちゃんが話し合いが出来るタイプで自分がやった事を反省して再犯をしないと誓えるなら違う未来もあったかもしれないけれど、びっくりするくらい自分の事しか考えられないんだから無理だよね。」
 普段使う事のない冷たい言葉が自分の口からスラスラと出て来るので驚いた。自分が思っているより強くこの2人に対して怒りを感じているようだ。
 私は悪意の塊のようになってしまっている島軒さんの方に可能な範囲で顔を向けて話しかけた。鎌が少し食い込んだようで小さな痛みを感じた。
「はなちゃんの核には針が刺さっています。私が最後の仕上げを行えばはなちゃんは破裂します。この針を抜く事が出来るのは私だけです。私が死んだ場合はなちゃんは針がとれないまま衰弱していく事になります。島軒さん。どうしますか?その鎌で私の首を切りますか?」

 島軒さんは数分考えた後、私の首にあてていた鎌を静かにおろした。

 私は鎌から解放されて体の向きを変えて島軒さんに対峙した。黒い帽子、小柄な体、灰色のシャツに土で汚れたジーンズ。足元にはピンクの猫のキャラクターが描かれた黒い長靴。
 日焼けした顔には深いシワが刻み込まれている。意志の強そうなしっかりした眉にどんぐりのような眼。小さな鼻に薄い唇。その顔には何の表情も浮かんでいない。石のように固まってしまった顔。その均衡が崩れた時、今までとは違うか細い声が聞こえてきた。
「どうしたら娘は助かりますか。」
「話してください。何でこんな事をしているのか教えてください。全てはそれを聞いてから考えます。」
 はなちゃんの運命を含め、この件に関わる事柄がどのような結末を迎える事になるのかは島軒さんに託された。

島軒さんの証言

「何でって言われても困ります。私はあの子が望む事を手伝っているだけです。1人じゃつまらない、友達が欲しいというから幼稚園のボランティアを始めてあの子を連れていきました。子供達の声が聞こえる中に居ると1人じゃないと思えるみたいです。日中は私も仕事がありますし、ずっと一緒には居られないんです。今日は午後から仕事の予定です。
 その内、話しをしたいと言い出したのであの子を怖がらなそうなしっかりした子が居たら名前を覚えてあの子に教えたりしました。だから、さっき言ってた「遥ちゃんに死ぬかもしれない事をさせようとした」とか「死ぬ事を期待して見に行った」とか言われても私には何のことなのかさっぱりです。
 それがいないいないヨーイドンの事を言うのなら、本来は危険性のない子供の遊びです。たまたま遊ぶ場所が悪くて危険な目にあった子が居ただけじゃないですか?それがあの子のせいだと断言できますか?子供が危ない事をしていたら止めるのは周りの大人の役目です。
 遥ちゃんの弟さんの事故もその遊びのせいだと言う人がいるので風評被害もいいところです。あの遊びは、あの子がお友達になった子に善意で教えてあげていたものなんです。あの子は優しい子ですから。
 事故があった日は確かに私達は事故現場の近くに居ました。家とは反対方向ですが、お肉が安いスーパーが近くにあるので買い物してから家に帰ろうと思ったんです。
 そうしたら、あんな事が起きて。私達びっくりしました。あの子は優しい子なのでお友達の遥ちゃんのことを心配していましたよ。
 とても苦しがっているじゃないですか。早く助けてください。
 
 え?
 今なんて言いましたか。
 何でテレビのインタビューで近所の人のふりをして遥ちゃんのお母さんが子供を放ったらかしにしてるって嘘を言ったのかって?
 何で事故が起きる前に遥ちゃんのお母さんを引き止めたのかって?
 遥ちゃんの家の住所や電話番号をインターネットに書き込んだんじゃないかって?

 あー。そこまでわかっちゃってるんですかぁ。失敗しちゃったなぁ。モザイク処理してもわかっちゃうなんて意味ないですねぇ。
 訂正があります。私は近所に住んでるなんて言ってないですよ。「事故にあった子を知ってる」て言ったら「近所の人ですか?」て聞かれました。幼稚園の事言ったら私だとバレる可能性があるから「あなた達より近所ですよ。」と答えました。そうしたら、何故か近所の人って紹介されただけです。内容も私から見えた印象を発言しているので嘘をついたわけじゃないです。
 遥ちゃんのお母さんを引き止めた理由?答えは1つしかないでしょ。今まで失敗続きだったのは母親が車の前に飛び出す子供を止めていたから。こっちがコツコツ子供の警戒心をといて段階を上げてチャレンジさせていっても全部母親が邪魔して終わり。おまけに危険な遊びが流行っているとか幼稚園にクレームまでいれるから本当に困りました。あの子は自分と同じ友達が欲しいと泣くけど私が疑われるわけにはいかないし。
 どうしようかと思っていたら丁度良い子が見つかったんです。お母さん妊娠中でお腹大きい上に元気な弟がいる女の子。物怖じしないし度胸もあるから丁度良いと思ったわ。あの子も気に入っていました。
 お母さんを引き止めるまでは計画通りで上手くいってたのに何であんな事になっちゃったのかな。「弟じゃダメ?」て聞いたけど「ダメ」なんだって。ハー。
 あのねぇ。私の名誉の為に言わせてもらいますが幼稚園の書類は見てないです。あの幼稚園では子供が迷子になった時の為に名札の裏に緊急連絡先とか住所を書く事になっているんです。私は子供が自分で見せてくれたものを覚えてインターネットに書いただけ。
『インタビューを受けた近所のものです。事故にあった京太郎君のお母さんは嘘をついて隠蔽しようとしています。これが証拠です。』とか書いちゃってぇ、たまたま京太郎君が1人で泣きながらお母さんの後ろを歩いているように見える動画を添付したりなんかしてね。
 私が何かしなくても正義の味方が成敗してくれるってわけ。

 さあ。説明したでしょ。さっきから呼吸が荒くなっていませんか?早く!早く助けてあげてください。

 え?
 他の子供の時と違う?なんで遥ちゃんのお母さんに固執するんだって?
 そんな事ない。気のせいじゃないですか?

 ハー。あなたって本当に怖い人ですね。娘を酷い目に合わせた嫌な人で私は娘を助けるためにあなたを騙さなきゃいけないのに、優しく聞いてくれるから話したくなってしまう。嘘をつけなくなる。
 そうね。その通りです。
 向こうは覚えていなかったけれど私はしっかり覚えています。

 遥ちゃんのお母さんは私の娘を殺した加害者の妹です。

 ハー。何でこんなことまで話さなきゃいけないんだろう。
 私と夫と娘は団地に住んでいました。加害者とその家族も同じ棟に住んでいました。建物の前に駐車場があって建物と駐車場の間には道路がありました。同じような家族構成の家庭が多かったから子供達は団地の中の道路や公園で遊ぶ事が多くて娘もその中の1人でした。
 小学校に入ってからも同じで、学校から帰って来たらランドセルを置いて外にいくのが普通でした。
 その日も娘は遊びに出かけました。天気が良かったので私は洗濯物をたたみながら昼寝をしていました。
 インターホンがすごい勢いで鳴ったので私は飛び起きました。
 玄関のドアを開けると近所の人が立っていて娘が車に轢かれたと教えてくれました。慌てて下に降りたら道路に人が沢山集まっているのが見えました。
 その中に入ったら娘が倒れていて沢山血が出ていました。何回も名前を呼んだけど反応がありませんでした。救急車を呼んだと言われました。
 私は娘の手を握る事しか出来なかった。
 娘の側に座り込んで丸めた服で止血してくれていた人がいました。その人が私の方を見て「ごめんなさい。見えなかったの。本当にごめんなさい。」と何度も私に謝ってきました。その人が遥ちゃんの伯母さん、私の娘を轢き殺した加害者でした。
 私は彼女を責めました。この人がちゃんと周囲を確認していればこんな事にはなっていなかったんです。「娘が死んだらあなたがちゃんと見ていなかったせいよ。」と言った気がします。
 私の周りには娘の同級生の母親が何人か立っていました。その人達が私と加害者の会話に入ってきて「はなちゃんが危険な遊びをしているから事故が起きた」「自分達はその危険性を感じて、その遊びを辞めさせるように何度も伝えに行った」「それを聞き入れずに黙認していたはなちゃんのお母さんにも責任がある」と言いだしたんです。
 そんな事ってありますか?
 私と娘は被害者です。悪いのは娘を轢いた加害者です。
 そうでしょ?
 それなのに皆加害者に同情しているんです。入院している息子さんの体調が悪化したと病院から連絡が入って急いで向かおうとしていたところだったからしょうがないとか言うんです。
 娘が誤解されているのが悲しくて、私は娘が悪くないという事を証明する為に皆に説明しました。
 あの子がやっていた遊びはいないいないヨーイドンを進化させたものでした。走ってくる車が見えたら駐車場に停められている車の影に隠れます。車が近付いてきたら飛び出すんです。家の前の道路は普段から子供がウロウロしている事もあってスピードを落として通行する車が多いので、あの子は安心してこの遊びをする事が出来ました。私はこの道路ならやっていいと許可していました。私はちゃんと危険な場所と安全な場所を娘に教えていました。
 あの子は優しいのでちゃんと車の運転手に合図をしてからこの遊びをしていました。「今から飛び出すよー」って合図をして車の影に隠れます。1~2秒数えたら「ワッ」と飛び出るんです。だから娘は悪くないんです。自分の事情に気を取られて娘の合図を見落とした加害者が悪いんです。
 そう言ったら皆ポカンとしていました。
「許可してたってあんた何言ってるの?」「車から飛び出す事自体が危ないってわからないの?」「それで轢いちゃって加害者になっちゃうなんて可哀想すぎるでしょ。」と言われました。
 誰もわかってくれませんでした。
 どうしてそんな顔をしているんですか?私はおかしな事を言っていますか?
 救急車が到着して病院に搬送されても娘の意識が戻ることはなく、娘は死んでしまいました。残されたのは娘が握りしめていた三角形の石でした。石には娘の血がべっとり付いていました。私にはそれが娘のように見えました。
 私は加害者を憎みました。嘆願書を書く事も示談交渉も断りました。私の大事な娘を殺したのだから厳罰に処してほしいと思いました。
 そうしたら加害者の家族と団地の関係者が減刑を求める署名運動を始めたんです。どれだけ被害者を苦しめれば気が済むのでしょうか。
 駅で、広場で、大通りで、娘が意図的に車の前に飛び出す危険な子供だったから事故が起きてしまった、加害者は娘が車の影に隠れていたから気付くことが出来なかったと、まるで被害者であるかのように話していました。困った事にそんなデタラメにほいほい騙されて署名する人がいるんですよ。
 許せなかった。命を奪われたのに、事故の原因も娘にあるかのような印象操作をされてはたまりません。私は署名運動をやめるように言いにいきました。
 対応してくれたのが遥ちゃんのお母さんです。遥ちゃんのお母さんは最後まで私の話を聞いてくれました。
 でも、署名運動は続けると言うんです。
 被害者にも厳罰を求める権利はあるけど加害者にも減刑を求める権利があるとか意味不明な事を言うんですよ。被害者が厳罰を求めているんだからそれが正義でしょ。本当は死刑にしてほしいくらいの気持ちなのに。
 だから最後に言ってやりました。
「あなたは子供がいないから子供を失った母親の気持ちがわからないのよ。」
 そしたらなんて言ったと思います?
「私は自分の子供には車の前に飛び出す遊びなんてさせませんよ。」
 遥ちゃんのお母さんはそう言って笑ったの。

 だから、遥ちゃんを選んだ。
 お前の娘も車の前に飛び出しただろ?
 ざまあみろって思いっきり笑ってやりたかったんだよ。

 さあ。全部言ったわよ。
 私にはあの子しかいないの。あの子がいなくなったら私は生きていけないわ。さっきから声も聞こえなくなったから心配なの。早く娘を助けてあげて。」


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