嘲笑う石 第5話
遥ちゃんの証言
「風祭のおじさん。もう少し御守り持っててもいい?これがあると遥は頑張れるみたい。
あのね、はなちゃんは選ばれた子じゃないとお話ししてくれないんだよ。今まで選ばれるのは年長さんだけだったのにね、遥は年中なのに選ばれたの!
年中や年少の子ははなちゃんを怖がって先生や親に言うからダメなんだって。遥は怖がらないから約束を守れればお友達になれるって言われたの。
約束はね、先生や家族にはなちゃんのことを絶対言わない。もし言ったら怖い事が起こるんだって。「怖い事って何?」て聞いたら「内緒」だって。
はなちゃんが「友達になった印だよ」って特別な遊びを教えてくれたの。いないいないヨーイドンて遊び。園庭でやってみたら面白かったの。
はなちゃんに言ったら「遥なら出来ると思った」って。でも、園庭でするのは初心者レベルなんだって。「遥は勇気があるから次のレベルも出来るよ」って言われたの。
次のレベルは横断歩道でやるんだって。
幼稚園の帰りに横断歩道でやってみたの。京太郎に信号を見てもらって目隠ししたの。目を開けたらね……すごかったの。
空がバーっと出てきて太陽がキラキラしてて、ヨーイドンって走ったらすごかったの。風になっちゃった?と思った。京太郎が「今の何?京太郎もやりたい。」ってうるさくて「約束したから言っちゃダメなの」って何回言ってもわかってくれなくて……遥言っちゃったの。
これはいないいないヨーイドンていう遊びではなちゃんていう子から教えてもらったんだよ。年中で教えてもらったのは遥だけだからすごい事なんだよ。内緒にするって約束したからパパやママや先生には絶対言わないでねって。
京太郎が「いないいないヨーイドンやりたい」ってうるさく言うから遥困っちゃって「はなちゃんに聞いてみるね」って約束したの。友達の印で教えてもらった遊びだから他の人に教えていいのかわからなかったから。
‥‥‥ちょっと怖くなってきたみたい。怖い事起きても、おじさんのお婆ちゃんが守ってくれるかな。さっき大丈夫だったから大丈夫だよね。
次の日にはなちゃんに聞いたの。そしたらはなちゃんの声が急に変わってね、こう言ったの。
「へー。遥ちゃんてそういう子なんだ。約束も守れないなんてやっぱり年中さんだね。友達になれると思ったのに残念だよって。」
約束を破った遥が悪いから一生懸命謝ったの。最初は怒ってたけど最後はしょうがないな、って言ってくれたの。京太郎もやっていいって。でもね、許すには条件があるんだって。
はなちゃんは遥が頑張れば許してあげるんだけどどうする?って言ったの。
条件はね、上級者レベルをクリアする事だって。
上級者はね
いないいないヨーイドンを
車が来ている時にやるんだって。
「遥ちゃんは勇気があるから出来るよね。弱虫じゃないよね?」
はなちゃんに言われたから「遥は弱虫じゃないから出来るよ。」って言ったの。
風祭のおじさん。なんでそんな顔してるの?遥走るの速いから車が遠くに見える時にやっちゃえば間に合うよ。
お迎えの時間になってママが京太郎と迎えに来たの。京太郎に言ったら「やったー」って喜んでた。「すぐやりたい」て言うからママを置いて先に行っちゃった。ママはお腹の中に赤ちゃんが居るから歩くのすっごく遅いんだよ。
どっちが先にするかジャンケンしたの。そしたら京太郎が勝ったから最初は京太郎がやって次に遥がやる事にしたの。「京太郎がやるのは初心者の次のレベルで、遥がやるのは上級者レベルだからね。」て言ったら京太郎は「お姉ちゃん、すっごいね。」て言ってくれたの。
どうしよう。すごく怖くなってきた。おじさんの手握ってもいい?
横断歩道で京太郎の目隠しをしたの。
一緒に数字を数えたの。
信号が青に
なったから
手を離し
たの。
遥が
「ヨーイドン」
て言った
の。
京太郎が
走っていっ
て
‥‥‥たら
車
が
きて
京太郎は……飛んでいっちゃった
‥‥…遥が約束を破ったからかな。遥が先に上級者レベルをクリアしなかったからはなちゃんが怒ったのかな。
ねえ、風祭のおじさん。遥が先にやってたら京太郎は今も元気だったかな?
一緒に遊べたかな?
風祭のおじさん、はなちゃんにお話しするって言ったよね。はなちゃんに会ったら言って。約束破ったのは遥が悪いから怒るなら遥に怒ってって。京太郎は何も悪い事してないから返してって。」
遥ちゃんは御守りをギュッと握りしめながら最後まで話してくれた。遥ちゃんが話し始めてからずっと遥ちゃんの側には祖母と京太郎君がいた。2人は遥ちゃんを何かから守るようにそっと寄り添っていた。
話したら怖い事が起こると脅されたはなちゃんの話をする事はどれだけ怖かっただろう。目の前で起きた弟の命を奪った事故の事を思い返して話す事はどれだけ辛かっただろう。遥ちゃんが最後まで話す事が出来たのは御守りの存在と祖母と京太郎君の見えない支えがあったからかもしれない。
小さな肩を震わせて恐怖に泣きながらも「京太郎は悪くないから怒るなら遥に怒るように伝えてほしい」と言った4才の女の子を私は尊敬の念で見てしまった。同時にはなちゃんという怪異に対する怒りが込み上げてきた。
私は遥ちゃんの小刻みに震える両肩にそっと手を置いて言った。
「遥ちゃん。おじさんは沢山の怪異と関わってきたから言えるんだけど、約束を破ったからって自分の近くにいない人間の命を奪う程の力を持っている怪異なんて1体も居なかったよ。
考えてみて。はなちゃんなんてただの石ころだよ。自分で歩いたり動いたりも出来ないのにどうやって事故を起こすの?車を運転する事も出来ないよね。
もし遥ちゃんのお家まで来る事があるとしても遥ちゃんが拾って投げちゃえばはなちゃんなんてどっかいっちゃうよ。
怪異は怖がられる程力を持つと言われているんだ。だから、約束を破ったら怖い事が起きるなんて脅したり、条件をつけて操ろうとするんだよ。
本当に強かったら「家族や先生に言うな」なんて言わないよ。そんな事言うのは家族や先生に言われたら困る弱い奴なんだよ。
遥ちゃん。よく聞いてね。事故が起きたのはトラックの運転手が信号を無視したせいなんだよ。京太郎君が事故に遭った事とはなちゃんとの約束は何の関係も無いんだよ。遥ちゃんは何も悪くないんだよ。」
遥ちゃんは目をパチクリさせながら私の話を聞いていた。私の言葉が伝わったのだろうか。いつのまにか遥ちゃんの両肩の震えは止まっていた。
これで遥ちゃんがはなちゃんの呪縛から解放されて少しでも楽になってくれる事を私は願った。遥ちゃんの背中側にうっすらと見える祖母が私に向かってにっこりと微笑むのが見えた。ずっと遥ちゃんの手を握っていた京太郎君は少し薄くなったように見えた。
はなちゃんの正体も判明して遥ちゃんの話を聞く事も出来たので、強張っていた私の肩の力が抜けた。自分で思うより緊張していたようだ。
(長居すると迷惑かけちゃうし、そろそろ帰った方がいいかな?)
いつのまにか夕方になっていた。窓の外が紅かった。
外がザワザワしている。誰かが叫んでいるような大きな声が聞こえた。
途切れ途切れに「ほったらかして」「お前のせいで」「罪を認めろ」「人殺し」などの物騒な言葉が耳に入ってきた。
私はソファに横になっている遥ちゃんのお母さんを見た。
遥ちゃんのお母さんはリモコンを手に取ってテレビをつけて音量を上げた。テレビの画面からは楽しそうな子供番組が流れてきた。遥ちゃんがテレビの近くに走って行くのが見えた。私は男の叫び声が遥ちゃんに聞こえないようにしたのだと思った。
遥ちゃんのお母さんが私の方を見て言った。
「風祭さん。ちょっといいですか?」
私は遥ちゃんのお母さんと時坂先生が居るソファに向かった。
遥ちゃんのお母さんの証言2回目
「聞こえちゃいましたか。ここ数日こんな感じです。家の電話もすごいので2階に移しました。テレビで京太郎の事故のニュースが取り上げられた時に近所の人のインタビューが流れたんです。
風祭さんも見たんですか。「いつも子供を放ったらかしにしてる」「母親だったら普通止めるでしょ」という内容でした。
モザイク処理されてても話し方とか服装とかでなんとなくわかることってありますよね。近所でそんな人見た事なかったので私達はびっくりしてテレビ局に問い合わせました。近所の方も何人か苦情を言ってくださったそうです。
テレビ局の方の説明だとインタビューを受けた人もはっきり近所に住んでいるとは明言してなかったのに情報伝達が上手くいかずに、何故か近所の人と紹介してしまったという事でした。おかしな話ですよね。
番組の中で訂正してもらいました。
ニュースで訂正される時ってアナウンサーがさらーっと「情報が間違っていました。すみませんでした。」とか言って終わりますよね。
困った事に、私達色々な事でバタバタしていたのでそのインタビューに気付くまでに時間が経ってしまっていたんです。その間に私は「子供を放置して事故で死なせた母親」になっちゃったんですね。
インタビューの映像は見たけど訂正された事は知らないという人が結構居るんです。その人達の中では私は悪い母親のままです。
いつのまにか住所や電話番号が知られてこんな事になってしまいました。最初は説明してたんです。でも、いくら言ってもダメなんですよ。「テレビが間違った情報流すわけないだろ。お前らは自分の罪を隠す為に隠蔽工作をしている」と言われました。あの人達は京太郎の事故を悲しんでくれているんですが、京太郎の為に私を断罪する事が正しい事だと信じているんです。
京太郎を失って何をするにも辛いのに、なんでこんな事になるんでしょうね。
風祭さん、時坂先生。なんで何も知らない人達が勝手な事を言って、正しいとか間違っているとか勝手にジャッジするんでしょうか?
そういえば風祭さん。あのインタビューが流れた後に「同じ母親として悲しい」と泣いたタレントの女の子がいた事を覚えていますか?次の日のニュースで横断歩道で子供達の近くにいた人についても言ったそうですよ。
「横断歩道に子供達だけだったから事故が起きてしまったのだと思っていたら、信じられない事に近くに人がいたらしいんです。トラックが近づいてきたら大きな音がするからわかりますよね?どうして気付かなかったんだろう。その人の責任も大きいと思います。もし私がそこにいたら2人とも助ける事が出来たのに。」って。びっくりするくらい想像力が無い人っているんですよね。
近くにいたのは杖をついたお婆さんでした。その人は何もしなかったわけじゃなくて、トラックに気付いてから遥を助けてくれました。その人が居なかったら私は遥と京太郎を失うところだったんです。
だから私達はそのお婆さんに感謝しています。でも、そういう事はテレビでは流れないですね。
話がずれてしまってすみません。風祭さんも時坂先生も優しく聞いてくれるので、つい色々話してしまいました。色々溜め込んでしまっていたので。
私、気付いた事があるんです。京太郎が事故に遭った日の事です。幼稚園から帰る時に子供達が先に行ってしまったので私は一生懸命追いかけていました。その途中で呼び止められたんです。
声をかけてきたのは小柄な女の人ですごく焦っている感じでした。
「飼っていた犬が逃げてしまったんだけど見てないですか?」と言われました。
茶色い小型犬でピンク色の首輪をしているそうです。
「ごめんなさい。見てません。」と言って行こうとしたら腕を掴まれました。
「あなたは私の犬がどうなってもいいんですか?」
それまで優しそうな顔だったのに、急に怖い顔になって驚きました。
子供達が横断歩道にいるのが見えたので、早く行かなきゃと焦りました。
「だったら早く探しに行った方がいいんじゃないですか?私はあなたの犬と同じように自分の子供が大事なんです。」
私はその人を振り切って走りましたが……間に合いませんでした。
その人とインタビューされた人の服装が同じで話し方が似てたんです。」
遥ちゃんのお母さんはスマホを手に取って私と時坂先生に画像を見せた。
「私はっきり言ってしまう所があるので性格がキツイと言われる事があります。もしかしたら、知らない間に恨まれていた可能性があるのかもしれないと思いました。私の知り合いにはいなかったんですが、幼稚園の関係者とかでこの人に似ている人っているでしょうか。時坂先生?どうしたんですか?」
時坂先生は口をポカンと開けて固まっていたが、遥ちゃんのお母さんの問いかけに反応して話し始めた。
「この人島軒さんです。花壇のボランティアの‥‥‥。なんでこんな事してるんでしょう?」
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