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ある文芸部の話《#シロクマ文芸部》

文芸部に入部したのは今年の4月。
まだ慣れない私立帳面のおと学校を放課後うろついていていたら、可愛らしい熊のポスターが目に留まったから興味本位で覗いただけだった。

陰キャな僕に運動部は似合わない。ここなら友達ができるかな。
そう思って、開かれていたドアに足を踏み入れてみた。

「〆切りがキツすぎるよ」とヒイヒイ言いながら赤青鉛筆を走らせる部員たち。僕に手渡されたのは光る一枚の原稿用紙。
戸惑いながらも、物語のようなものを見様見真似で書いてみた。

書けた人の作品から順に部室の壁に貼り出され、つぎつぎ「面白い」「素敵」「青春だね」とコメントが付いてゆく。

課題は同じなのに、それぞれの個性が光り、明るい未来に満ち溢れた作品ばかり。
「すごい。みんな……短時間で、すごいな」
僕は思わず声を漏らした。
時間ギリギリになんとか書きあげた僕の作品はそれらに比べて……。

そんな砂糖みたいに甘い世界じゃなかったんだ。
文芸部だったら僕にだってつとまると思ったのが間違いだった。友達なんて居やしない僕の作品なんか、誰ひとり見向きもしない。
咳ばらいをしながら、何もなかったことにして静かに部室を去ろうとしたとき――。
部長が熊のような大きな手で「がんばりました」の花丸スタンプを押してくれたんだ。

それから毎週、僕はいつも小走りで部室に通った。

ただ好きなように書いて、みんなで読み合って、感想を伝えて。それだけなのに、楽しくて、楽しくて、楽しくて。
僕たちの書く時間は、どんどん長くなっていった。

夜遅く、9時クジまで部室に残って読み合ったり、先輩が焼いてくれたイチゴのタルトを分けて食べる夜もあった。
部室の鍵を咥えて逃げ回るいたずら猫を、とっ捕まえて笑い合った日もあったっけ。

そんな仲間たちと過ごした時間が、「コワイ」「ゾッとした」というコメントばかりだった僕の作品の中に、いつのまにか「面白い」「笑った~」と言ってくれるものを増やしていってくれたんだ。

ここは僕が居てもいい場所。
笑顔の溢れる、平和な空間。

そんな愛おしい日々が、ずっと続くと思っていた。

書けない。書けない。

僕は凍った耳を塞いで叫んだ。
やっぱり僕には才能なんてない。
苦しい。
どんなにもがいても、何も浮かばない。
どれほど足掻いても、一文字も書けない。
書けない。書けない。書けない!
僕はひとりきり。
冷たい星と月を見上げ、大声で泣き続けた。

どうしようもなくなった僕は、アイデアを書き溜めていた大事なノートと、鍬を持って校庭に走った。

もう、文芸部なんてやめよう。さよならだ。
二度と誰の目にも触れないよう、こんなノートは埋めてやる。

花壇の隅で、泣きながら、何度も何度も鍬を振り被っては力いっぱい振り下ろし、穴を掘った。

こんなクソつまらないもの――。

「やめるんだ」
誰かが、鍬を振り被った僕の手首を強く掴んだ。
「離せぇッ」
突然のことに驚いてバランスを崩し、鍬を持ったまま体を捻った僕は、その誰かと、もつれるように花壇に倒れ込んだ。

ザク。

鈍い手応えと、耳をつんざく獣のような悲鳴。
舞い上がる血飛沫が、小雨のように頭上から降ってくる。

僕はそのとき不謹慎にも、みんなで食べて笑い合ったイチゴタルトを思い出していたんだ。

そうだった。僕は、ただ。
ただ、みんなで笑って過ごした時間が大事だった。大好きだったんだ。
才能なんて関係ない。
たとえば僕が書けなくったって。
書いている誰かを笑顔で応援すれば良かったじゃないか。
だってみんなの作品が、
僕に、書く喜びを教えてくれたんだから。
僕の、笑顔を取り戻してくれたんだから。

それで、良かったじゃないか。


そこから何分経過したのか分からない。
さっきまで僕の手首を掴んでいた手。僕のノートを守ろうとしてくれた、優しく温かい手は、もうガラスのように冷たく硬直してしまって僕の手首から引き剥がすことができない。

仕方なく、僕はそのまま部室へと向かった。
泥だらけのノートを胸に抱き、右手だけになってしまった部長をぶら下げて。

部室のドアは、いつものように大きく開かれていた。
部員のみんなが僕に気付いて振り返る。
「どこ行ってたの? 部長が心配して探しに行ったよ」

謝らなきゃ……。
みんなの大好きな部長を……僕は……。

「どうしたの? それ…アッ!」

先輩は僕の手元を見て叫ぶように言った。

「これは……熊の手じゃないの!」
皆が僕の周りに駆け寄る。

「ホントだ!」
「高級食材じゃん。マメちゃん、グッジョブ」
「調理法、誰かググって」
「いや、メルカリで売って部費にしようよ」

部員のみんなが満面の笑みを浮かべて僕を取り囲む。
楽しそうに背中を叩き、肩を抱いて笑う。
僕は、そんなみんなの笑顔をぐるりと見渡し、枯れかけていた最後の涙をそっと拭った。

あぁ。やっぱりここは温かい。
僕はこの、「ツキノワグマ文芸部」が大好きなんだ。


(了)


1行目から全部フィクションです!
こちらの企画に参加いたしました。

ちなみに、豆島が「シロクマ文芸部」で参加したのは以下のお題です。

赤青鉛筆で日記を書く。
手渡されたのは光る種。
一冊の本を埋める。
凍った星をグラスに。
をしても金魚
イチゴ

恋は
ガラスの手
砂糖
クジ
私の
消えた
食べる夜
書く時間
平和とは
文芸部

びっくりした。
お休みは何回もあったけれど、書き出したら結構ありました。

最初の「赤青鉛筆で日記を書く。」は、みなさん手探り状態というのか、遠慮してコメント欄もおとなしめでしたよね。その次から「コメントを1つ以上つける」が参加条件になり、私としては俄然楽しくなりました。

一部のnoterさんを除き、気軽にコメントしにくい雰囲気が過去のnoteにはあったようで(違う?)
好きな作品に、笑った!びっくり!面白い!コワイ!癒された~! と気軽に言える部活。楽しすぎん?
そのノリで部活以外でも気軽にコメントする癖がついてしまっていますが、今のところ、嫌がられている感じは、たぶん、ない。たぶん。
この「好きな記事に好きと気軽にコメント残せる」雰囲気がもっと広がればいいなと思っています。


これからも、マイペースで部活に参加させていただきます。
ええ、もちろん「シロクマ文芸部」のほうですよ。
部長、ご馳走様でした。ありがとうございました!

こちらの企画にも参加させていただきました✨
(2023年12月7日)


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豆島  圭
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。