JK議員の休日
「相席してよろしいでしょうか」
急にあたしの視界の中に入りニコッと微笑んだプラチナストレートロングヘアの美少女はそう言うと承諾を得ることなくすぐ前の席に座った。美少女といっても見かけは小学生の低学年、美幼女といったほうが正しいかもしれない。
「今日は何にもないわよ」
あたしはそう言うと飲みかけのメロンソーダを飲み干した。今日は水色のブレザーか、ブレザーといえば紺色と相場が決まっているんだぞ。などと考えながら違和感を感じた。
「ちょっと、あんた本当は歳いくつよ」
胸には校章と名札、もしかしたら学生か?学生で、海外雑誌の派遣記者?あたしの周りは変な奴らばかりだ。もっともこのあたしこそ他人の事などいえたものではないのかもしれないのだが。
「あなたに答える必要はありませんわ」
くすくすと小馬鹿にしたように笑いながら言う。それはひょっとして昨日の官房長官の真似なのかな?彼女はテーブルに備え付けのオーダーボタンを押した。
「怖いお顔をなさらないで、ほんの冗談です」
「それはともかくあたしはあんたの名前をまだ聞いていないんだけど、名乗らないのがそっちの社のやり方なわけなの?」
イライラを隠しきれないまま訊き返した。そのとき三つ編み癒やし系巨乳のウエイトレスが水とおしぼりを持って来て幼女ライターに注文を尋ねた。
「レスカとモンブラン3種盛りお願いしますね」
なんちゅう組み合わせだ、レモンスカッシュとならチーズ系だろう。と内心思ったが彼女はいたって真顔で注文をしていた。しかしそのウエイトレスがカウンターの方に歩き出すと急に立ち上がり身を乗り出して顔をあたしの耳に密着させ囁いた。『ずいぶんカワイイ男の娘ね』心なしか自分の息が荒くなる。
びっくりだ、なぜそれを知っている?『そりゃあ匂いでなんとなくね』美幼女は続けて囁く。『そしてあなたの性癖もね』
自分の顔がみるみる真っ赤になってゆくのを感じた。というか本題からはぐらかされていないか?
『さて、ここで質問です、わたしはどっちでしょうか?』
そう言うと美幼女はあたしから離れてニッコリと笑った。今更ながらあたしは彼女の体臭を感じた。いや、彼かもしれないが。
「ずいぶんと甘ったるい匂いだね、香水なの?体臭なの?」
あたしは訊いた。しかし彼女はそれに答えず別の話題を振ってきた。
「そういえばこの国では少し昔に匂いも発生させることの出来るPCやテレビ向けのディスプレイを大真面目に開発したそうね」
あたしは深くため息をつく、この話題そらし、論点ずらしには先輩議員や官僚らとの相手をすることで慣れっこなのだがそれと同じ事をweb記者、しかも経験値がほとんどなさげな美幼女記者にやられると思いっきりメゲる。
「そろそろ本題に入りたいけどいいかしら?」
彼女はそう言うと再び椅子に座り右ひじをテーブルにつき顎に手のひらを当てた。
「あなた、倶名尚愛さんはこの国の夫婦別姓や結婚制度に関してどうお考えなのでしょうか?」
真面目に聞いていることは自称おばかな私でもよくわかっていた。そしてそれは逃げてはいけない質問だと言うことも。
「悪いけどこの問題はあたしからははっきりとは言えないことで・・・」
しかしどうしても自分の意見を言うことに対して及び腰になってしまうことには変わりがなかった。
「申し訳ないんだけだ、私は日本にきて非常にがっかりさせられたことがいくつかあるの、あなたたち一般の若手議員は一体何に怯えているのかしら?」
そう言うと彼女は抹茶モンブランのど真ん中に真上からフォークを突き刺して自分の口の前に運んだ。可愛い小さなピンク色の柔らかそうな唇が信じられないほど大きく開いたかと思うとその抹茶モンブランは一瞬にして消えていた。再び小さく閉じたピンク色の唇をあやしげに動かしながらこれまた柔らかそうなほっぺを膨らませて咀嚼を始める。
何やらもごもご言っているようだが当然何を言っているのかわからない。
「食べ終わってからしゃべれ」
あたしは愚痴を言った。しかし彼女が口の中のものを飲み込むのにさほど時間がかからなかった。抹茶モンブランはさほど小さいわけではなかったから驚きだ。
「自分の言いたいことも言えず党の方針に従い、自分に票を投じてくれた有権者の声も聴かず、あなたは何のために国会議員になったのかしら?」
言われてみれば至極まっとうなことだ、しかしと私はいつも自己弁護に走ってしまう。少し落ち込んだ私の面前で今度は紫芋モンブランをさっきと同様一瞬にして口の中に放り込んでいた。
「うーん、最高、至福のひと時ってこの今の事ね」
今度はちゃんと口の中をからにしてから行った。なんかものすごく幸せそうな笑顔が異常にあたしの神経を逆なでするんですけど。
「私はあなたたち女性議員がちゃんと女性の立場に立って女性の権利を主張しないとこの国はちっとも良くならないと思っている、オヂサンどもの顔色を伺ったりいうなりになっていちゃダメね」
毅然と彼女は言った。それはもうこの食べっぷり異常に。そしてレモンスカッシュのストローに口をつけるとグラるの中は一瞬にして氷だけになっていた。
「この国の女性たちはどれだけ虐げられているかわかる?まず大学などの試験で差別させられてそれを差別ではなく区別だと認めさせられている、会社に入れば入ったで給与や昇進などの待遇で差をつけられる、もちろん全ての業種においてじゃないけど」
彼女は最後のマロンモンブランにフォークを深々と突き刺した、そして一瞬にして口の中に収める。
「あー全然足りないわぁ、イチゴショートワンホール分とエクレア五本大急ぎで」
いきなり立ち上がるなり大声でオーダーしていた。
「性行為においても女性はものすごいハンディをしょわされている、抵抗して殺されても女性が逆らわなければよかったと言われ抵抗しなければしないで女性側に落ち度があったとか、双方合意野本だったから文句を言われる筋合いじゃないとか言われる。そしてあろうことかこの国の女性議員がその被害者を貶める、最悪権力者が警察に手を回していることだってある」
なんか美幼女の表情が険しくなり本来甘い声色だった声もガラガラ声に変わって来た。
そんな時にウエイトレスが大皿2枚にエクレア5本といちごケーキワンホール丸っと乗せてやって来た。
「ちょっとねーちゃんおいらはショートワンホール分と言ったんだぜ、切ってねえじゃねえか」
江戸っ子姉ちゃんみたいな口調でウエイトレスに威嚇していたが肝心のウエイトレスは穏やかに微笑むと
「お嬢ちゃん、少し落ち着いて、ナイフをあげるからご自分で切ってね」といった。
そして『アーンして』というと美容序ノ口の前にエクレアを持ってゆく。最初はすごい不機嫌そうだった美幼女記者もウエイトレスの極甘な声で『サービスしちゃうから。だめぇ?』の一言でトドメを刺されたのか顔を真っ赤にしてチョコレートの皮をしゃぶった。
「ふ、ふん、まあいいわ、美味しさに免じて許す」だからそんなセリフにやけ顔で言うな!あらぬ誤解をして周囲の男性客が股間を押さえているぞ。
「いやらしいのは変な妄想をした倶名尚愛、お主ではないか」
いつの間にか真顔に戻って幼女記者は言った。ちょっと変わり身早すぎでしょつかあたしだけがエロ娘にされている?ちょっとやめてよ。
「で、話の続きだが女性差別は結婚してからも続く」
「それは聞いたことがあるわ、兄嫁がよくあたしに愚痴っていた、育児の協力してくれないだの、最初の子供が出来るまで不妊は嫁のせいだと言われていたとかそのくせ家から出ずに家事も育児も全てこなせと言われたとかそのくせ給料もほとんど渡さずに月5、6万円でやってけとか足りなかったらどっかから借りてこいとか、結局パートで働いても返済できずブラックリスト入りしたとか、あたしと兄貴の仲が悪かったからなんともしてやれなかったけどね」
あたしは思いつくまま一気にまくし立てた。
「離婚に関しても女性は圧倒的に不利ね、六ヶ月は別の男性と再婚できないとか子供の真剣に関しても同様、男がぐずれば女性はほとんど折れて泣き寝入りするしかない」
確かにそうだ、兄嫁に残ったのは借金だけだったなんて言っていたな。あたしは過去を振り返りながら女性は確かに差別されているということを実感していた。
「そして基本夫婦別姓が禁止であるがゆえに結婚と離婚、再婚を繰り返す度に女性のみ姓が変わる、それが億劫でもあるがゆえにDVの危害に晒されようと離婚に踏み切れなかったりして育児虐待すら併発するケースも見られる、それもご丁寧にこの国の保守系女性議員らにいわせるとそれも自己責任ということになる、そんな男と結婚した女性に非が有るという事らしい」
幼女記者が喋っている間にも二枚の皿の上のイチゴケーキとエクレアはどんどん減ってゆく、喋りながら食べるコツでもつかんだのか?
「うまく別れられたとしても未練タラタラな元夫のストーカー被害に会い命を落とす事だってある、それがなくとも新しい男または夫から再びDVや児童虐待に会うケースだってある 」
そういうとゲップをしてじっと私を見つめ返してきた。
「体の構造上、女性は常に様々なリスクにさらされている、しかし男性にはそれがない、男性は今の相手とうまくいかなければ簡単に乗り換えることが出来る、しかし女性はそれができない、体に深い傷をつけられることもあればとんでもない爆弾を胎内に置き土産に落とされてゆくことだってある、その声をあなたたち女性議員は聴いたことがあるのか」
幼女記者はそういうとあたしのコップのお冷やを一気飲みした。その時は既に二枚の皿は綺麗に片付けられていた。
「わかった、ここの支払いは全部払うわ、それがあたしの答えよ」
あたしがそう言ってにっこりと微笑むと彼女も至極の笑顔を返してきた。なにこれくらいの出費なら有能な教師からのレクチャーだと思えば安いものだ。あたしはそう考えレシートを取ろうとしたらなんか増えていることに気がついた。
「私もお願い」「俺のもよろ」「こっちも頼むわ」なんかいろんな声がかかるたびにどんどんレシートの枚数が増えてゆく。
「なんでー!」
あたしは大声で叫んでいた。
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「それにしても暑いなぁ」
あたしは呟いた、すぐ隣に手をつないでいるリナちゃんに同意を求めたわけではない。
「かき氷が食べたい!イチゴ味!」
キラキラ眩しい笑顔を向けてリナちゃんは元気よく言った。4歳女児年相応の反応だ。しかし彼女は時として背筋が凍てつくほど大人びた反応をしてくる時がある。突然政治や軍事バランスに関する話題を彼女に振られたら本当にあなた一体何歳?と言いたくもなる。
「うーん、いちごかぁ、あたしは宇治抹茶がいいなあ」
そう言ってふにゃふにゃの笑顔で答えるあたしとルナちゃんは他人から見たらどう見えるだろうか?
よく行くかき氷売りのおばちゃんには「よく似た姉妹だね」と言われたことがある。あたしはそんなに似ているとは思えないが顔つきは似ているそうな、そういえば昔のあたしはこんな顔をしていたような気がしないでもない。
だけどあたしとリナちゃんの間には血の繋がりはない、衆議院議員であるあたしの秘書を務めている秘書っち(プライバシー保護の為にあえて氏名は伏せますw)と奥さんのアリちゃんの間に生まれた長女であり早い話が赤の他人なのだ。しかし彼女は秘書っちの紹介で初対面した時から前世からの付き合いだと言わんばかりに異様なまで親しく懐いてきた。まあ前世とか生まれ変わりなんてあたしは信じないのだが、むしろ周囲から「キャラの割には現実主義者だよね」なんていわれている」
踏切待ちをしていたら同様に踏切待ちをしている自動車たち?が放つすごい熱で思わずクラクラしてくる。
窓を閉め切った車内はさぞ涼しいだろうがあたしたち歩行者から見たらいい迷惑だとも思う。まあ彼らだとて日中日向に止めた車内に乗り込むときは高温サウナ並みの熱い思いをしているんだろうからあまり文句は言えないのだけど。
「防衛問題に似ているね」
ふとすぐ隣でリナちゃんの声がした。「えっ?」と聞き返す。「なんでもなぁい」と甘い声が返ってきた。
電車が通過して踏切が開くと最前列の車からアクセルをぐっと踏み込み走り出す。排気口からこれまた熱い燃焼済みのガスを撒き散らしながら走り去ってゆく。
上下合わせて四車線もあり中央分離帯もある比較的広い踏切なのだがなぜか独立した歩道がない、申し訳程度に1メートルほどのスペースをしきって白線が引いてあるだけなのであたしは自動車がある程度はけてから渡ることにした。
「後ろから来る車にはねられるかもって恐怖は確かにあるよね、それは他国がいつ攻めて来るかもしれないという恐怖にも似ているかもしれない」
またしてもリナちゃんの声が聞こえた。え?っと思いうぐ前を綱渡りするかのように白線上に足を乗せて歩くリナちゃんの姿が目に入った。
暑さに頭をやられたかなと思いながら手にした求人広告しで自分の火照った顔を仰いでいた。
「だからって常に後ろを見ながら走って来る車のドライバーを威嚇しつつ渡るなんてこともできないよね」
ああ、前からも歩行者や自転車が来るかもしれないしハンドル操作を誤った車がこっちに飛び込んで来るやもしれないね。あたしはあくまでも心の中だけで呟いていた。
後ろからの車が途切れたかな?と思った時そいつはやってきた。エンジン音からアクセル全開と思われるその省エネセダンはあろうことかこちら側歩道めがけて突っ込んできた。
「あぶない!」私は叫び、リナちゃんを抱え線路側に飛び出そうとした。しかしのろまなあたしの体はその省エネセダンの突撃をとてもじゃないがかわせるとは思えなかった。
『ダメだ!』と思った瞬間恐怖にひきつるドライバーの顔が目に入った。手の動きから必死になって反対側に車をコントロールしようとしているのがわかる。体はろくに素早く動かせないのにこんなことには頭も回るんだなとぼんやりと考えていたら車はすごい勢いで旋回して反対側の線路に飛び出して行った。
「そう、周りは敵だらけ」
リナちゃんの言葉に今の事故寸前に出くわした恐怖は感じられなかった。むしろドライバーが無事線路上に停止した車のドライバーを心配して見つめているくらいだ。
「でもそれに全部注意を払っていたらきりがないし体力的にも持たない」
誰かが踏切備え付けの非常警報ボタンを押したのか発煙筒が吹き出し警報音が鳴り響いた。
「防衛のための軍事力はいくら増強してもここまでやれば大丈夫というラインは存在しない」
あー死ぬかと思ったよ。私は安堵のあまりリナちゃんのセリフを聞いてはいなかった。
「私たち歩行者を軍磁力を持たない弱小国とするならばダンプや大型トレーラーは強大な軍事力を誇る大国とも言えるかもしれない」
「冷や汗かいちゃったね怖くなかった?」あたしはリナちゃんのセリフを聞かないまま言った。
「その一点だけを取れば私たちも鉄の装甲でガードすべきかも知れない、しかしそれで動き、移動する以上私たちは他の歩行者や小型車の脅威になりうる、私たちがいくら安全運転をしてます宣言をした所ですれ違ったり後ろに疲れた時にその脅威は拭えない」
はぁ余計な冷や汗かいちゃったよ、リナちゃん早く踏切の向こうの大型スーパーマーケット行ってかき氷食べよ!」
あたしとリナちゃんの噛み合わない会話は続く。
「とどのつまり相手を信頼するより他にない。相手は自分たちに危害を加えるかもしれないということを前提にして『私達はこちらからあなたたちに危害を加えることはありません』と宣言したのが憲法第九条」
なんか頭がクラクラしてきた、熱中症かもしれない。と考えていたあたしにリナちゃんの言葉は耳に入るはずもなく。
「それを放棄して軍備拡張に走るということは相手にしてみれば『私はいつでもあなたを攻撃できますよ』と公言しているのと同じ、そんな相手にいくら『私はあなたを攻撃したりしません』などと言われて信用できるかしら?」
もう喉もカラカラ、死にそう。あたしは・・・
「先制攻撃は最大の防御、そう言って相手国国土まで射程に収めるそうなミサイルを配備するような国を誰が信じるかしら?」
「もうリナちゃん、あたしにはあなたが何を言っているかわからないけどとりあえず店に入ろ?」
もう限界に達したあたしはリナちゃんを小脇に抱えて大型スーパーマーケットの建物に飛び込んだ。なんて涼しいんだ。
正直感激しました。
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