赤坂の休日

「たまにはこういったお休みもいいものね」
あたしはグラステーブルの上に無造作に置かれたコーヒさらにこれまた無造作に置かれたフレッシュと砂糖をコーヒーカップのウインナコーヒーにだーと流し込みそれからおもむろにスプーンでかき回し出した。
目の前の30才の女性と4才の女児が唖然とした顔でこっちを見つめている。
「そんなことしたらウインナコーヒーを頼んだ意味がないわよ」
4歳女児にたしなめられてしまった。すみません。
紹介が遅れた、四角いガラステーブルの向かって左側に座っているショートカットの貴婦人が今あたしのすぐ左隣に座っている議員秘書の奥さんである愛理さんだ。美人かどうかはあたし的には判断しかねるが店中の男どもの視線を一点に集中させていることからすごい美人だと断言して良いだろう。
そして彼女の左、つまりあたしから見て右側、すぐ正面に座っている女児こそあたしがいつもこうやって会うことを楽しみにしているリナちゃんだ。
「たまにはって、結構しょっちゅうこうして会っているじゃないですか?」
秘書は不満げに言うがあたしは聞かないことにしている。それにしてもなんでここで会うことにしたんだっけ?
「本当は倶名尚議員、あなたとだけ会う予定だったったんですよ、政策に関する重要な打ち合わせで」
そうだっけ?あたしは雑誌コーナーから持ってきた二、三冊の雑誌のうちの一つをパラパラとめくっていた。
「へえ、今日日の国会議員さんは『男も女も自衛隊入隊すべき』とか『国民の生活が大事なんて政策は間違っている』とか言っておけば週刊誌が記事にして取り上げてくれるのね」
あたしがそう言っている間にもシャッター音がしたような気がしたが多分気のせいだろう。
「愛さん、あなたたちもう記事になっているから」
愛理さんが呆れたように言う、なんのことだろうか?
「『男も女も農家や酪農家に養子入りすべき!』これもなんかのアニメのパクリっぽくてイマイチなんだよな」
あたしは使用済み砂糖の袋をよじりマゾ人形(正式名は知らない)を作りながら言った。
水を垂らすとうねうねと身をよじる奴だ。
「男も女も風俗体験をすべき!これなんていけるんじゃない⁈」
得意げに言っては見たものの視線が冷たい、と言うかすごく痛い。
「愛お姉ちゃんは無自覚過ぎるわ、その一言一言が周囲にいる野獣のような週刊誌貴社の餌食にされると言うのに」とクールにリナちゃんからのするどいご指摘、本当に4歳児だろうか?見た目は美少女でこそあれと思想の幼い顔つきなのだが・・・もしかしたら不老不死の薬とか人魚の肉を食べたことのあるご長寿様かもしれない。
「はいはい。悪うござんしたねそれでこの元防衛大臣のどこが問題なわけ?」
あたしは素直に疑問をぶつけてみた、昔の人も言ったそうではないか?「苦労は買ってでもしなさい」と。
自衛隊の訓練が過酷なのはわかるしそれで国を護るお手伝いができれば良いことだらけではないか。
「愛お姉ちゃんは自衛隊の訓練の過酷さを知らないからそんなことが言える」
またしてもこれだ、しかしこのときあたしは本当の違和感に気がつくべきだったかもしれない。
「まあ体育系だからね、某大学みたいないじめやしごきくらいはあってもおかしくはないでしょう」
たじろぐあたしにすぐさまリナちゃんは追い討ちをかける。
「言っておくけど隊員たちはいつも命がけなんだよ?そんな隊員たちの中に学生の延長感覚で一時入隊してくる相手をさせられる隊員たちの気持ちを考えたことがある?」
うんそうだね、それは正論かもしれない、でもね。あたしはすぐ隣の秘書、つまりリナちゃんの父親に助けを求めた。
「・・・・・・』驚くことに彼は微動だにしていなかった。我が娘のあまりにも異常な発言にただただ硬直しているかとも思ったがどうやらそうでもなさそうだ。周りを見たが彼だけでなく奥さんの愛理さんも店内にいる他の客、従業員も固まっていてほとんど動かなかった。まるでリナちゃんとあたしの二人だけがこの店の中の時間軸から取り残されているような気がした。
「だからその入隊体験すべきと言われている学生を欲しがっているのは決して隊員たちではない、だって邪魔にしかならないし、教育してせっかくある程度使えるようになったとしてもすぐに辞めていってしまう」
確かにそうかもしれない、あたしは目の前にいるりなちゃんがまだ4歳児であることはとりあえず忘れて彼女の言うことに耳を貸すことにした。
「これが就職企業の教育活動の一環として行われる予定ということになっているけど変だとは思わない?」
そうかな?あたしは疑問に思った。すごく厳しいしごきや特訓に耐えたのならちょっとやそっと労働環境が過酷でも彼らはそれも何の抵抗も感じずその会社で働きつづけるだろう。そう考えは閉めたときリナちゃんは軽くフッと笑った。
「つまりパワハラもセクハラも過重勤務も当たり前、そう思ってしまうようになる、これが経団連からの要望案件ね」
あたしは背筋がゾッとした。少々考えが甘かったと認めざるを得ない。確かにこれに反対するのは憲法大好きで中国ウエルカムな左翼の連中ばかりだと思っていたのだが、実情はそんなに簡単なものではなかった。
「もう一つあるわ、これが最も重要、ねえ一体毎年何万人の学生たちが就職するか知っている?」
何を言っているのか理解できなかった。ただとんでもない数だというのだけはおぼろげながらも理解できた。
「彼らは一箇所に集められて最初は基礎的な教育と訓練を受けるわけだけど誰から受けるのかしらね?もちろん自衛隊から派遣された教育係が行う可能性が高いわ、でもねそうとも限らない」
なんかやばいこと言い出しちゃったよリナちゃん。あたしはそう思いながら固唾をゴックリと飲み込んだ。
固唾と言うだけあって喉に引っ掛かった感がある。
「もし彼らが自衛隊から派遣の教育官でなく政府関係、特に内閣調査室関係の者たちだとしたら?」
うんそれは否定できない、でもそれも問題があるとは思えないんだけど?
「あなたたち保守系議員は常に言っているわよね、野党は左翼ばかりだ、特にNK党なんかはウエルカム中国で
反日だって、でもそれって本当に正しい知識なのかな?」
うーんわからんぞ。あたしにそんな高度な判断を要求しないでほしい。
「今度のコロナウイルス騒動にしても実際に中国からの観光客をおおっぴらに受け入れたのはあなたたち政府与党だし本当にあの海域での戦略緊張感はあるのかしらね?」
どう思う?とでも言いたげにリナちゃんはあたしの顔を覗き込んできた、誰か助けて、そうとでも言いたくなるほど二人の会話は重くそして入り込めるものは誰もいなかった。
「もし今の政府が自衛隊を学生たちを洗脳、訓練をしてひっくり返すことを考えていたとしたら」
バカな、ありえない!と思いつつも心が震える。
「政府たちにとって自衛隊は何?国を守るための盾?それにしちゃこの国の偉いさんたちって先制攻撃にこだわるよね」
もう目の前の幼女がサイボーグかアンドロイドに見えてきた、さもなければ人類を支配する異星人だ。
「自衛隊員なんて、いえ、国民でさえ彼らにしたら単なるコマよ、いい加減に認めたら?あなたたち日本人は戦争と言う名のゲームのコマなの、だからあなたたち与党議員は第九条などを否定しなくちゃいけないし、それがうまくゆけば晴れてtwとの戦争ができるわけ」
「これは中国とアメリカの代理戦争なの、もちろん両国とも何の痛手もないわ、ただ単に日本とtwの国民の血が多く流れるだけね。もちろんアメリカも中国も軍事産業をはじめぼろ儲け、それこそwin-winの関係ね」
知らない間にだんだんリナちゃんの口調が大人びたきていることにあたしは気がつかなかった。
「本当の売国は、半日は一体誰でしょうね、今日本と中国がぶつかってもパワーバランスが圧倒的に違いすぎて軍事産業的には何の益もない、かといってアメリカと中国じゃ双方にリスクがありすぎるばかりか全世界を巻き込みかねない、だったらtwと日本ならどうかしら?
「そんなわけないだろー!」私は大声で怒鳴り机を激しく叩いた。
ざわざわとした声が聞こえ出した。驚いた表情の愛理さんとリナちゃんの顔が目に飛び込んでくる、そして心配げに私の顔を覗き込んでいた。
どうやら時の動きは正常に戻ったようだ。
「お熱でもあるの?」と心配げに覗き込むリナちゃんに私は極力優しく微笑みかけ「何か食べたいものある?」と問いかけた。きっとうたた寝でもしていて悪い夢でも見ていたのだろう。
だがしがし全身にびっしょりと書いた冷や汗はなぜかいつまで立っても引かなかった。

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あたしの「何が食べたい?」という問いかけに目の前の4歳女児リナちゃんは「プリン!」と無邪気に答えた。
つい先ほどまでの異様な憑き物じみた雰囲気の彼女は微塵も感じられない。
そうだよな、こんなに小さくて可愛い子が突然に政治的はおろか軍事的な話題を始めるわけがない。
「そうだ、秘書っちは何がいい?」
ついつい年上の秘書に対してもタメ口になってしまう、これがあたしの最大の欠点だ。
「ボクちゃんお子様ランチがいいなぁ」
おいおい秘書っちよ、いくらあたしとあんたの間でも奥さんの前でそれはやばいだろ。そう思っていたらさらに続けて言い出しやがった。
「でもボクちゃん本当は愛ちゃんのおっぱいプリンをちゅうちゅうしたいなぁ」
顔を真っ赤にしながら言う、そしてトドメの「ダメェ?」って娘とカミさんを前にしてよく言うわ!あたしは秘書っちの右足を思いっきりヒールで踏みつけてやった。
「でも本当は愛ちゃんのアワビみたいな〇〇〇〇を舐めさせてほしいなあ」
何やら凄まじい悲鳴と同時にこれまた凄まじく卑猥なセリフを言い出した。
あれ?人間って壮絶な悲鳴と同時に言葉を喋れるようなマルチタスクできたっけ?そう思い絵我が秘書の奥さんである愛理さんを見ると彼女は口元を両手で隠しながら、それも秘書っちの声色でとんでもなく卑猥なことを喋っていた。
「本当はボクちゃん愛ちゃんの生えたての筍みたいな〇〇〇〇〇をクリクリしてチュパチュパしたいな」
ダメだ、この夫婦、夫婦喧嘩のほとんどの原因は秘書っちの奥さん、愛理さんだろうなと思った。
「じゃあ今度しゃぶらせてやるから今日の本題、一体何を言いに来たの?」
あたしがそう言い終わるよりも早く秘書っちの顔面には愛理さん所有のショルダーバッグがヒットしていた。
自分で言うのはいいけどあたしが旦那にアプローチかけるのはだめらしい。で、なんで旦那さんを攻撃?
「私、あいお姉ちゃんになめなめして欲しいの」
目の前の可愛いリナちゃんまでメニューを見ながら危ないことを言い出した。おそるべし!家庭環境、もうこの家族崩壊している。
「実は我が党の内閣で憲法の改正案が秘密裏の内に閣議決定されて近い日に衆議院に提出されそうなんです」
秘書っちは周囲を見回し用心深げにあたしに耳打ちをした。ってそんな極秘のネタこんなオープンな喫茶店で普通やる?
ご安心ください、それが我が党のクオリティでございます。
「で、それが何の問題があるわけ?どうせ野党の連中は裁決前に必要な質疑には応じないだろうしそうなればまた国会が空回りするだけじゃないの?」
あたしに言わせれば今更だ、いつもこうやって憲法改正は先延ばしにされてきた。あたしみたいに正統派捕手(注;誤字ではない、15歳衆議院議員倶名尚愛の問題)に言わせるならやる気本当にあるの?と言いたい。
「それが今回ばかりは党本部もやる気満々な様子で実はこの法案は国民投票に関するものと放送法に関するものがコミコミなんです」
ああなんか変な注釈が入っちゃったから説明しておくね。なんで15歳のあたしが国会議員になれちゃったかって疑問が当然出てくると思うんだけど半年近く前に何を血迷ったのか突然我が党のお偉いさん、つまり総理大臣が突然選挙に関する法律をまとめて変えるとか言い出しちゃって、そのまま閣議決定しちゃって、でも流石にこれは衆参両議院を通過することはないだろうな、なんて思っていたらあっさりと両方ほぼ全員賛成一致で通っちゃって今に至るわけなんだけど。その時の総理の口右端からヨダレがダラダラと流れていたけどデジタル処理でも隠しきれていなかったな。
そのあと総理は突然衆議院を解散すると宣言してそこらじゅうの選挙区で若い女子高生を擁立して水着を着たポスターで数人立候補させて私が当選しちゃったってわけ?なんか総理は「若い女性を輝かせようじゃありませんか」とか糸〇〇里が考え出しそうなキャッチコピーをあっちこっちで垂れ流してその中の1人、あたしもそれに便乗して当選しちゃったわけだけど細かいことはきかないでね、あたしだってよく判ってないんだから、おっと憲法改正の話だっけ?
「それでもきついんじゃない?」
私は訊き返した。そんなにも簡単に左党、じゃない野党が応じるはずがない。
「実はこの法案は表向きはコロナ対策なんです、文章の構成をいつものように解りづらくしているんですけど今度は徹底していて世界最速のスパコンとAIを駆使しても憲法改正や国民投票法、放送法に関する部分は見つからないように巧妙に隠されているとのことですつまり誰がみても只のコロナ対策法案なんです」
へえ~それってよくわからないけどすごいことじゃなくね?でもそれって逆に言うと役に立たないんじゃ?
「ただそれは暗号キーと特殊なアルゴニズムで簡単に解析できると、つまり必要となったときにそれを公表してしまえば効力を発揮すると言うわけです」
「まあよいわ。そのときになったらあたしは賛成の時に元気よく席を立てばいいってことでしょ」
あたしは小さくガッツポーズを決めて言った。
「いえ、問題はそこではなく」
じゃあどこに問題があるのよ、あたしはいつものように野党の質疑の時は激しく野次って総理とかの答弁の時は全力で応援するわ!
「ですから倶名尚愛議員先生が起きていらっしゃる時はそれで良いのですが」
何か言いにくそうだが遠陵することはないぞ、あたしは世界一寛大な倶名尚愛大先生だ。
「問題は先生が寝ていらっしゃる時です」
え?あたしは会議中は寝たことがないぞ、誰だそんなデマを飛ばす奴は。
「お忘れですか?先生今日こそはちゃんと起きているぞとか言いながらいつも寝てしまわれるじゃないですか」
そうだっけ?でも寝るだけなら問題ないんじゃ?周りもみんな寝ているし
「それだけならまだしも先生はなぜか与党議員が総理らを厳しく詰問しているときに限り『いいぞ』とか『そうだそうだ』とか応援しているかのような寝言を大声で言うじゃないですか」
そこは少なくとも疑問符をつけてほしかったな、もう決定事項みたいじゃないか。
「はっきり言ってそうじゃないですか、それどころが総理らの答弁に野次るはせっかく隠しておいた核心を野党に暴露しちゃうわ」
「いやそんな気はないんだけどそれは私の夢に言って」そんなことまで責任持てないよ、それならなんでそんな大事なことをあたしにバラしちゃうのかな?」必死になって抗議した。
「いいえこれは党本部からの要請で決定事項です。先生には決を採るその日までお休みして頂く事になりました」
どうやら議会には出てくるなという事らしい。その間あたしは何をしていれば良いのだ。リナちゃんとデートでもしていろと。
その時、クスクスと微かな笑い声が聞こえた。キョロキョロと周りを見回すあたしの頭の中でリナちゃんの声が響いた。
『大丈夫、あいお姉ちゃんにはちゃんと議会に出られるように取りはかっておくから』
背筋が凍てつくような寒気に襲われ慌ててリナちゃんに目をやると愛理お母さんから略奪した巨大イチゴパフェを無邪気に攻略する彼女の姿が目に飛び込んだ。
あたしは思わず深いため息を漏らした。しかしすぐに頭の中で響くあの女の声があたしを凍てつかせる。
『その時にはあいお姉さんには協力してもらうから宜しくね』
もうリナちゃんの方には目を向けられなくなった。
一体この子は何者?でも最速のスパコンでも無理だっていうし多分大丈夫だろう、何が大丈夫なのかもはや分からないが
『あのね、この国、いいえこの星のスパコンなんて私にしてみたらオモチャにさえならないレベルだから』
だらしなく開いた私の口に冷たい感触が伝わった。
「ね、おいしいでしょ?」そう言って私の口に無造作にいちごパイのイチゴを突っ込んだリナちゃんをあたしは直視できなかった、


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