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ラブ・ホリック


とある男が好奇心から、いわゆる乙女ゲームというものを始めてみた。スマホアプリで、タイトルは『ラブ・ホリック』。
凄いタイトルだな…と思いつつ、男はポチポチと画面をつつく。
現れるイケメン達。囁かれる甘い言葉。
―女はこんなもんにハマるのかねぇ…。

次の日。バイトで疲れた男は、半分おふざけで<バイトで疲れちゃった(涙)>とアプリのイケメンに伝えた。と「疲れたのは君が頑張った証拠だよ、お疲れ様」と甘い声音で囁かれた。
男はぶっと吹き出しつつも悪い気はしなかった。
―このゲームの主人公は、ある日、突然、実は大金持ちの令嬢である事を告げられた18歳の大学生。
言われるがまま、やって来た屋敷には個性豊かな5人のイケメンが…。
一人目はハヤト。腹違いの兄にあたる。勿論、禁断の恋である。
二人目は奏。執事である。従順だが礼儀に厳しい。
三人目は太一。主人公の幼なじみである。ある意味、定番最強設定だ。
四人目は裕加(ひろか)。
執事見習いである。甘えん坊というか、うさぎ系の男子である。
五人目は七哉(ななや)。突如、現れた許嫁である。主人公に一番積極的に迫ってくる肉食系である。
この五人の誰と恋をするか?
男はまぁ、無料のルートだけ…とポチポチやっていった。

いつの間にか、四人の話を読んでいた。残りは一人。
許嫁・七哉である。
肉食系にみえた彼は、実は怖がりであった。主人公である令嬢(すなわち男)に嫌われやしないかと、あれこれしてくるのがいじましい。
夏祭りデートの夜、二人はついに…。気が付いたら、男は課金していた。
俺はアホか…と内心、自虐的に思いつつも、ハマりつつあった。
恋敵の出現など、ハラハラ要素もあった。そうして…もうすぐ結婚式という時に、七哉が病に倒れた。
男は半ばパニック状態で課金した。
―七哉はどうなるんだ…。
「君に出逢えて良かったよ…」そう言い残し、七哉はこの世を去った。
バッドエンドである。
男はそれまで見ずにいた、攻略を探した。ハッピーエンドは…どうやらあるらしい。その通りにやってみたが、バッドエンド。
―ハッピーエンドが見たい。男は課金を繰り返し、ついに結婚式の場面に…。
男は涙を流した。良かった、良かった、と。
※※※※
課金額は50万円を越えていた。しかし、男に後悔は無かった。いいゲームだった…。
※※※※
「まさか、ユーザー達も、男性ユーザー狙いのサンクコスト効果には気付かないでしょ」と、女が言った。『ラブ・ホリック』運営会社の会議室である。コーヒー片手に談笑中だった。若い男がコーヒーを飲みながら、うなづいた。
今までにもまぁまぁな数の乙女ゲームを発表してきたのだが、どれもいまいちだった。既存路線ではいけない!と、ひっそりとねられたのが男性ユーザー向けだった。
狙いは大当たり。
『ラブ・ホリック』は性別を越えて、楽しめる恋愛ゲームとして、ヒットした。
「男性は達成動機が強いからね、コンプリート欲求を満たして…女性はイケア効果で手放しがたくなる、心理学って、ありがたいわね。」女は笑いを浮かべ、コーヒーを飲んだ。
「流石に廃課金者にするのはやばいっすけど、男はステータス欲もありますからね」若い男が笑いながら言う。それを聞いて、女はうふふ、と笑うのみだった。
男女の心の機微、というものは永遠の謎かも知れない。

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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