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[ことわざ新解釈/ショートショート]後日談

隣町の女が玉の輿に乗ったらしい。

たまたまガラスの靴のサイズが合ったくらいで、男前の王子様から求婚され、あれよあれよと王子妃になったそうだ。
どうも出自不明の女らしく、それまで屋根裏部屋に住まわされ、家の手伝いなどを押し付けられても反抗もせずに従っていたともっぱらの噂だ。
どうせその薄幸な部分をアピールして結婚にまで持ち込んだ、あざとい女なのだろう。

それにしても、ガラスの靴か。
確かに、薄幸なだけでは結婚にまでは至らないだろうし、ガラスの靴など奇妙なものを好き好んで履くような女の個性は王子に大きなインパクトを残したに違いない。
よし、私もガラスの靴をなんとかして手に入れてやる。そして個性を売りに玉の輿に乗るのだ。

彼女は町にあった、小さなガラス工芸の店を訪れた。

「いらっしゃい」
「すいません、こちらにガラスのく…」
「ないよ」
「いや、まだ何も言っていないんですが」
「多いんだよね、最近。あんたみたいな噂好きな人。うちはれっきとした伝統的なガラス職人の店だから。とにかくガラスの靴なんて置いてないよ」
「じゃ、あの有名なガラスの靴はどこにあるんですか?」
「あんなもん、あるわけないじゃないか。隣の町の奴らは突然現れた婆さんが作ったんだ、とか言ってるけどね。でたらめだね、あんなの。ガラスで靴なんて作れるもんか。さ、帰った帰った」

(なんなんだ、この偏屈親父は)

帰ろうとした彼女はふと壁に掛かっていた貼り紙を見つけた。

「あそこにガラス工芸体験とありますが…」
「おう、やっていくかい?まぁ、あんたみたいな小娘にできるかどうか分からんがね」

(この目の前のガラス製品を全部叩き割ってやろうか)

「あはは。ちょっとやらせてみてください」
「まぁ、いいだろう。じゃ、この筒を吹いてみな」
「そうもっと強く。強すぎるよ、それじゃ。うん、そう。それくらいのスピードで。いやいや、早すぎる。早い早い」
「って今度は遅すぎるよ。違う違う。あぁ、馬鹿野郎。この下手くそが!もう帰りやがれ!」

店から半ば無理やり叩き出された彼女は呆然としながら、帰路についた。しかし、家に帰ってから職人の言葉を反芻し、理不尽さに腹立ちが収まらない彼女は翌日も翌々日もガラス職人の店を訪れてガラス工芸体験に挑んだ。

「なってない!馬鹿野郎!お前のガラスにゃ魂が込もってねえんだよ!帰れ!」
「何やってんだ!馬鹿野郎!そんな吹き方誰が教えたってんだ!帰れ!」
「泣くんじゃねえよ!泣いたってガラス吹きが上手くなるわけねえだろ!帰れ!」

元来負けず嫌いであった彼女は連日の罵倒にも心は折れず、毎日職人の元を通った。それからというもの、ガラス工芸の店は夜遅くまで灯りが消えることはなかった。

そして月日は流れ、ある日のこと。

「皆さんは噂のガラスの靴をご存知でしょうか?なんと今日は、王室御用達とされているあのガラスの靴を手がけた、世界一のガラス職人の方をゲストにお招きしております!では、どうぞ!」

万雷の拍手の下、彼女はステージに立った。彼女の手元には美しいガラスの靴があった。人は皆、その美しさにうっとりとしていた。

彼女は心持ち釈然としない表情をしていたが、それに気づく観衆は誰もいなかった。

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【ひょうたんから駒】
思いがけないことが実現することのたとえ。
『学研 小学国語辞典 改訂第6版』より


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