[掌編小説]配信者
もしもし。ああ、姉さん、私。久しぶりね、って先週も電話したじゃない。そう、火曜日。覚えてないの? 相変わらず忘れっぽいのね。まぁいいわ。父さんは?いないのね、そう。いや、何でもないの。ねえ、父さん、怒ってた? あ、やっぱり。そうよね、SNS上とはいえ、勝手に父さんを殺しちゃまずいわよね。まさか見つかるとは思わなかったもの。ちょっと、怒らないでよ。だって仕方ないじゃない。そうやって言った方が同情票も入るんだし。考えてみてよ。「父さんを不慮の事故でなくしました」と「父は教師です」って、どっちが受けると思う?SNSの場合、注目されたもの勝ちなの。勝手なことしちゃだめって言うけど、娘のためなら嘘でもいいからお墓に入ってくれたらいいのよ。まあ、父さんが怒るのも仕方ないけどね。これも時間が解決するわね。姉さんからもうまく言っといてよ。父さんは私よりも姉さんの方が好きなんだから。だって本当のことじゃない、昔から。私なんてずっと父さんから怒られてばっかりで、たまに叩かれて。父さんとの楽しかった思い出なんてないのに、姉さんはいつも褒められてたじゃない。はいはい。この話はもういいわ。
え?うん。さっきまで配信してたよ。見たい?もう遅いわ。ライブ配信なんだから。ううん、今日は違うの。そう、いつもはブランド紹介だけどね。今日は違うSNS使ったの。だからいつもと違う客だったんだけど、後半になるうちにどんどん数が増えて、すごく盛り上がったわ。これ本物かよ?ってコメントが多かったけど、本物です、って回答したら、それもすごく盛り上がってね。警察に通報しようぜって声も上がってきたの。通報したところで、本当の私の住所なんて知らないんだから無理なのにね。馬鹿よね、ほんと。え?本物のブランドなのになんで警察なのって?そりゃ、本物だからよ。意味分かんないって、いいのよ。姉さんは分からないままでいいの。
そう、昨日はルブタンだったの。配信が終わったらもう売りに行って、シャネルを買ってきたから、それは明日の配信ね。そう、駅前にある買取店。最近は顔も覚えられて、店員さんも私によくしてくれるの。意外と多いのよ、他人の持ち物に興味を持つ人って。そういう人に限って、表の顔は興味ありません、なんて素知らぬ顔をするの。表と裏の顔なんて、まるで二重人格よね。でも、大概の人は病気じゃないから、単に「ごっこ」ね。二重人格ごっこ。表と裏の顔を使い分けながら楽しんでるだけなのよね、そういう人って。姉さんだってそうよ。父さんに見せてた顔、私の前とは全然違ったじゃない。父さんはいつも姉さんのその笑顔に騙されていたの。二重人格ごっこに付き合わされている父さん、すごく滑稽だったわ。何よ、黙っちゃって。本当のことじゃない。私?私は違うわ。ごっこなんかじゃない。そんなお遊び、私はもう卒業したんだから。
父の日どうするのって、今年も帰らないわよ。そんなにやいやい言わないでよ。仕方ないじゃない、私だって仕事が忙しいんだから。毎年その時期は会社の繁忙期なのよ、言い訳に聞こえるかもしれないけど。父さんとは会ってないわ、全然。でも、いいのよ、父さんは。姉さんがいれば幸せなの。覚えてる?小学生の時、姉さんが買って欲しいって言った人形を私も欲しいってお願いしたら、父さんが私に怒って。家に帰ってからも怒られて、終いには竹刀で叩かれて。あれからよ、父さんが私を叩くようになったの。姉さん、知らなかったでしょ?だって、姉さんはいつもいなかったもの。姉さんがいない時に叩くのよ、あの人は。どうやって我慢してたのって、その時はいつも「これは私じゃないんだ」って言い聞かせてたわ。私じゃない誰かが叩かれてるんだ、って。そうすると我慢できるから不思議よね。あの頃のあいつ、体も鍛えてたから力が強かったものね。今じゃ、めっきり体も細くなって、昔ほどの力もなくなったみたいね。歳を取るって悲しくて、哀れよね。
そういえば、母さんは元気?そっか。母さんもおばあちゃんの介護、大変そうね。父さん、実の母親なのに何もしないんだね。父さんって、姉さんのような美しいものしか好きじゃないからね。おばあちゃんに触れるのが嫌なのかしらね。まあ、もう触れられないだろうけど。ああ、そうだ。次は母さんを楽にさせてあげようかしら。いや、それはこっちの話だから、気にしないで。
うん、私も明日早いから寝るわ。あら? 珍しい。こんな時間に誰か来たみたい。宅急便じゃないわ。男の人が2人。スーツ着てるから、仕事中みたいだけど。うん、分かった。じゃ、またね。
あ、姉さん。父さんがもし帰ってきたら謝っといてね。勝手に殺してごめんって。