「ついでのメシア」第2話

 あれから砂利道を進むと、すぐにうっそうと茂った巨大な草むらが出現したのだ。一応道は細くとも続いていたから、アオは機嫌良く進んだ。ガクには引き返そうと何回も言われたけれど、大丈夫だと気にしなかった。だって、直感がアオを呼んでいるのだから。

 しかし、横やりが入った。道の先には何かがあると直感が示しているのに、脇の草むらからアレチウリの蔓が飛び出てきたのだ。慌てて飛び退くも、蔓はぐねぐねと空中で揺れたかと思えば執拗にアオ達へ向かってくる。

「なんで急に?」

 アオは木刀で打ち払いながら、ガクと背中を合わせた。

 アレチウリは確かに凶暴で人を襲う。だが、踏んだりなどの接触をしなければ急に襲ってくることはないはずなのだ。

「アオ、俺たち市内でアレチウリを退治したよな。あれのせいじゃないか?」

 ガクも護身用の警棒を伸ばし、別方向から襲ってくる蔓を叩き払う。

「あー、そういうこと? 確かに根元を思い切り叩いてたときに飛んできた欠片や汁が服についたままだけど」
「こいつら臭いが分かるってことかも。それってもはや植物というよりも動物では…………これは新しい発見か」

 こんな状況だというのに、ガクは学者の血が騒ぐのか思考の海に潜りそうになっている。

「ガク、新発見しても生き延びなきゃ意味ねえだろ!」
「はっ、そうだった」

 ガクが意識を浮上させた。

「来た道は蔓が這い出してて戻れない。もう進むしかねぇ」
「アオ、本当に進んで大丈夫か?」
「大丈夫だ。俺の直感を信じろ」
「クッソ! 信じられないけどもう信じるしかないか。これ以上、悲惨な状況になったら絶対許さないからな!」

 ガクが言い切ったと同時に、二人で思い切り走り出したのだった。

 だが、十秒後、二人の姿は砂利道から消え去り、悲鳴がこだましたのだった。

「アオの馬鹿野郎! 何が直感を信じろだ。最悪じゃないか」
「ははは、まぁ良いじゃん。アレチウチからは逃げられたんだし」

 アオは苦笑いしながら、怒りをあらわにするガクをなだめる。

 そう、走り出した二人は、アレチウリから逃れることに気を取られ、足下への注意がおろそかなになっていたのだ。
 舗装もされていない、人が通ることもほぼない道は大きくえぐれていて、二人は見事に転げ落ちた。あちこち打ち付け、擦り傷からはじわりと血が滲んでいる。髪や服にはそれこそ落ちた葉や泥がふんだんにまぶされた。
 だが、急に転落したおかげでアレチウリからは物理的に距離ができ、攻撃から逃げることが出来ている。

「良いわけあるか! 下手したら骨折だぞ」

 ガクが鼻息荒く怒ってくるが、それだけ元気があれば大丈夫だろう。

「なぁガク、あいつらって同族意識とかあるんかな?」

 アオは地面に胡座をかいて座り込み、転げ落ちてきた方を見上げる。

「同族……確かに臭いが分かることと、襲ってくることはイコールじゃないな。仲間を攻撃した相手だから襲ってきたのなら……人間並みに感情があるかもしれない。まだまだ研究の余地がありまくるな」

 ガクがお手上げだとばかりにため息を付いたのだった。

***

 転げ落ちたこの場所にいつもまでも留まっているわけにはいかない。せっかくアレチウリから逃げることが出来たのに、見つかってしまうかもしれないからだ。幸いににも、転げ落ちた場所から獣道のような細い道が続いている。

「しばらく獣道を進んで、上がれそうなところで上の砂利道に戻るか」

 ガクの提案にアオもうなづく。

 そのまま進み続けると、獣道が緩やかに上り坂になり、上がれそうな場所があったので砂利道に合流した。すると、遠目に小さな建物が見えた。巨大化した雑草に埋もれていて、隙間からちらっと見える程度だったが。

 でも、アオはあれだと思った。
 あれこそが自分の直感が知らしめてきたものだと。

「ガク、あの建物だ」
「あ、待てよ。急に走るなって!」

 ガクが慌てているが、知ったことじゃない。だって、アオの心こそが慌てているのだから。
 早く行かなきゃ、呼ばれてる、誰から? 分からない、でも、行ったら何かが分かる。そんな直感が頭の中で強く主張してくる。

 走ったから息が切れる。でも、息苦しさよりも興奮の方が勝る。

 目の前には草臥れた雰囲気を存分に醸し出す小さな社があった。巨大化した雑草が社を取り囲むように伸びている。でも、社の敷地内には何故か入り込んでいない。普通のサイズの雑草が風に揺れているだけだ。

「御子柴の紋だ……」

 アオの口から、思わず独り言がこぼれる。

「まさか、こんなところに縁《ゆかり》の社があるなんてな」


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