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第10話 私も自分の世界を変えたい!
放課後。帰りのチャイムが鳴り、各々が帰りの準備をする最中、僕は視線が右にいく。彼女――園川さんも帰りの支度をしている。帰りの少しの時間でも彼女と話しをしていたい。
彼女と時間を共有していたい。そう思うものの、話しかけられずにいた。気まずい。
嫌われているわけではないと思う。でも、明確に一定の距離を置かれているのがわかる。拒絶というよりは敬遠。
まるで失恋したみたいだ。いや、まるで、ではなく、振られたのかもしれない。
帰りの支度を整え、ヘッドフォンを装着する。
音楽プレイヤーを起動する。
〈アネモネ〉という曲名が表示される。なんとなく、今は違う曲を流していたかった。
僕は適当に曲を選んで再生する。ため息を吐きながら、席を立つ。こんなことになるならパフェを食べに行こうなんて誘わなければよかった。
もう、何度目になるかわからない後悔。ただ、それは純粋な後悔ではない。自分が変われたゆえの行動であるため、嬉しさも半分あった。でも、やはり、少し時間が経った今は後悔の渦に苛まれる。
後扉から教室を出て、ゆっくりと下駄箱に向かう。下駄箱から靴を取り出し、上履きを下駄箱にしまう。外に出て、空を見上げる。天は曇天に包まれていた。
目線を正面に戻し、歩きはじめる。
――瞬間、誰かに肩を掴まれた。
驚いて、急に振り返るとそこには園川さんがいた。
「――――」
何かを必死で訴えている。額には汗がにじんでいる。上履きも脱げており、杖も、廊下に倒れている。かなり、急いできたようだ。僕は急いで、スマホのアプリを立ち上げた。
『園川さん、大丈夫? どうしたの?』
『待って、水瀬くん、だよね?』
肩で息をしながら、必死に声を上げている。よく見たら、真っ白な膝をすりむいている。
『うん。待って、怪我してる。保健室に行こう』
彼女は大きく首を横に振る。
『いいの』
『よくないよ』
『いい! そんなことよりも大切なことがあるの』
そんなことって……。
傷ひとつなかった、芸術品のような綺麗な脚が傷ついてしまったことに他人事ながら焦燥を覚える。
『大切なことって?』
『私も、自分の世界を変えたい!』
彼女は叫ぶ。伝わる。
『私は世界が嫌い。見えるのが当たり前な世界が嫌い。空も、海も、綺麗だって言われているものは全部嫌い。歩くのが普通で、走るのが普通で、遊んだり、誰かと一緒に笑い合うのが普通なこの世界が嫌い。私を可哀想な人扱いするみんなが嫌い。――でも、一番、嫌いなのは自分。何もかも周りのせいにして、言い訳して、正当化して、逃げてばかりの自分が大っ嫌い』
『うん』
『でも……わかっていても、動けない。すごく、怖い。傷つくのが怖い。周りに笑われるのが怖い。動かなければ、傷つくこともない。それに気づいたときにはもう、動けなくなってた。そこでもまた、自分は仕方がないんだって言い訳して、逃げた。周りも、仕方がないよねって言ってくれるから、ああ、それでいいんだって自分を納得させてきた』
彼女は続ける。
『でも、水瀬くんは違った。仕方がないよねって言われると思ったのに、それがいつも通りで、問題ないのに、それなのに、わざわざ踏み込んできて、共有したいって言われて、意味わかんなかった』
相変わらず、ハッキリ言う。でも、彼女は笑っていた。
『ふたりでパフェを食べに外に行くのは危険だってわかっているのに、正直、一緒に行くのが親じゃなくて水瀬くんだっていうのはすごい不安なのに、でも、それをわかっていても、一緒に行こうって言ってくれたことが、嬉しかった』
『…………』
踏み込み過ぎたと、昼休みが終わった後、何度も後悔した。
『ねえ、水瀬くん』
『なに、園川さん』
『私の世界も、変えられるかな』
『うん。きっと、変えられるよ』
『でもやっぱり怖い。私には勇気がない。だから……ちょっとだけ、水瀬くんの勇気を分けて』
『もちろん。いくらでも分けてあげるよ。大丈夫。何があっても、僕が園川さんを守るから』
「…………」
僕がそう伝えると、園川さんは口元を抑え、後ずさった。余計に不安を与えてしまっただろうか。まだまだ頼りないかもしれない。頑張らなくては。
『じゃあ週末、パフェ食べに行こう』
『やっぱりやめておこうかな』
『ええ! なんで⁉』
『わからないならいいです。今度は私が怪我しないよう、ちゃんとエスコートしてくださいね』
『ははっ、わかったよ。エスコートいたします。お姫様』
『……え、なにそれ』
『え?』
苦笑いの彼女を見送り、僕は死んだ目で帰途についた。