ゲイとして生きるということ②
高校の時に、スタンド・バイ・ミーという映画に異様にはまった時期がある。リバーフェニックスがまじでかっこいい!という理由はあるが、ああいう友情っていいな〜って思っていた。高校の時は、ゲイであることに孤独を感じていて、愛が無理でも愛を超えた友情…みたいなものに対して希望をもっていたのだと思う。
今でも大好きな映画であるが、見返すとちょっとあの頃を思い出して苦い気持ちになる。
その頃に聴いていた音楽、特に鬼束ちひろの「sugar high」というアルバムは優しくて、でも不安定で、心の精神安定剤だったから、今はなんか聴けない。しばらくして、ライブに行ったときも思い出がフラッシュバックして涙が止まらなくて、でもなんだか浄化されていくようなそんな気持ちだった。
話を戻して大学時代。
授業でジェンダーについての講義があり、思うところがあり、講義のあとの感想の提出のときに、カミングアウトと今までつらかった気持ちをつらつらと書いて、連絡先も載せて提出した。
自分としてはすごく勇気のいることだったけど、ちゃっかり連絡先を載せるあたり誰か助けてー!!っていう状況だったのだと思う。
その先生は優しいから、連絡をくれてメールで相談にのってくれた。その人もゲイで当事者であった。もう顔も名前も忘れてしまったけど、本当にありがたかったな。
その先生が掲示板を教えてくれて、そこからゲイとしての活動をスタート。
ここから色々なゲイに出会うことになる。
初めてあったのは40代のおじさん。
お酒を飲んで色々話したあとかの有名な新宿2丁目の飲み屋に3件程連れて行ってくれた。そこら中にゲイがいる!!そして会話のテンポが早い!頭の回転早い!イケメン沢山!!
そんな衝撃的なデビューだった。
ゲイでも普通に生きている、という今では当たり前のことなんだけど、その時はなんか暗闇に光がさしたかんじがあった。
その後ゲイのバレーボールチームに所属するも、なかなか輪に入れなくて離脱。
モテせんでもなかったから、出会える機会も少なく、出会った人はセックス目的だったり、年上で説教臭い人もいた。まぁ自分に自信なかったからかな。せっかくデビューしてもそこから順調というわけではなくて、嫌な経験をする度に、活動が遠のいて諦めの気持ちも再びでできていた。
その頃スマホじゃなかったし、出会いは今ほど気軽でもないから、ゲイに出会う機会があるのに、そっちのコミュニティにも馴染めない感じがあって、孤独感は強まった。
それは大学卒業まで続くのであった。
つづく。