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鬼の形相疑惑 科目修了試験の思い出

 海の見えるマンションに住んでいたころ。
といえば聞こえがいいが、要するに海沿いにある鉄筋コンクリートの集合住宅である。
 ある時、息子がカメラで海の写真を撮っていた。「やってみる?」というので、どれどれと、カメラを構えてみると「ダッセー!!」とゲラゲラ笑う息子。写真を撮ることにダサいも何もあるものかと思っていたが、確かに、姿勢は重要らしい。レンズに全集中している私の意識外にある身体は、そうとう不気味なポーズだったようだ。

 さて、私の大学は、レポートに合格した後、科目修了試験を受け、これに合格して初めて単位がもらえる仕組みだった。科目修了試験は、年5回、一度に受けられる科目数の制限もあるので、これを落とすと、自分の学習計画に大きく影響してくる。何より、それまでの学習やレポートにかけた時間と熱量の果てにたどり着いた期末修了試験なので、これは何としても合格したい。

 在学中に引っ越したため、二地域で受験したが、どちらとも、受験者は毎回私一人だった。しかし、さすがに大学。受験者が1人だとはいえ、正式な要領で試験が行われる。きちんとした会場を押さえてくださり、試験官は二名。入室から受験、退室まで、極めて静粛に整然と進行される。

 一科目一時間、A3用紙裏表の記述式。複数の設問があり論述を求められる科目が多かった。1時間で考えをまとめて書ききるのは、毎回、結構、時間との戦いだった。
 問題を分析、答えを頭に用意、論点や要旨をまとめ、書き始める。修正している時間はないので、書きながら、考えながら、全体を見ながら、立ち止まり、少し戻ってやり直したりしながら、時計を見る。汗さえ出ないほど張り詰めた時間を過ごしていると、終了間際で足指がつったりする。そうやって全部で10回、科目修了試験を受け、卒業単位を獲得した。

 毎回同じ試験官の方だったので、最後の方は帰り際に少しばかりお話ししたりするようになった。「いつも必死なので、なんだか恥ずかしいです。」と話した時、お若い試験官の方が(この方は毎回、会場の後ろにいた方なのだが)「ふふっ」と微笑まれた。その時、私はあの海の写真の一件を思い出した。

 きっと私、「ダッセー」恰好だったんだろうなあ、、、

 毎回試験開始から終了まで、試験以外の全ての事に意識を向けた記憶がない。自分がどんな姿勢をしていたのか、どんなことをしていたのか。足指がつったのだから、揉んだりしていたのだろうか。もしかして途中で変な声を出したかも、きっと前に回れば鬼の形相だったに違いない。

 なりふり構わずとはまさにこのことだ。

今となっては、これも愛しき思い出、痛く気持ちよい思い出。
そして、ちょっと恥ずかしい。


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