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18.国と世代を越えた感動の絆
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
横尾秀子 白駒池居宅のケアマネジャー 亡き夫はラガーマン
日本ラグビー史上最大の熱い瞬間
それは選手だけでなく
一人一人の応援者にとっても熱い瞬間
18.国と世代を越えた感動の絆
後半が始まって間もなく、スタジアムは再び熱狂の渦の中にあった。
福岡のトライだった。
横尾は持っていた写真をグランドに向けた。
「あなた、後輩たちがこんなに強くなりましたよ!」
心の中で横尾は叫んだ。
「まさか、夫にこんなことが伝えられる日が来るなんて!」
横尾秀子の心は踊っていた。24年間、待って、待って、待って、写真の夫に向けて伝えられた言葉だった。
福岡のトライはベスト8入りを限りなく近づけた劇的なトライだった。
しかし、ここからジャパンとジャパンを応援する人たちの試練が始まる。
スコットランドにもプライドがある。じわじわとジャパンを追い上げ始めた。一方ジャパンもまれにみる必死の防御で耐えた。
観客もまさしく「固唾をのむ」長い長い時間を味わうことになる。
写真を膝の上に置いた横尾の両手はぎゅっと握りしめられていた。
スコットランド人夫婦は、歓喜の声も上げず、目を血走りながらゲームを見ていた。
居酒屋「とまりぎ」でもスコットランドの猛攻が続く後半は、沈黙と悲鳴に襲われていた。
いつのまにか立山麻里は想井遣造の腕をぎゅっと握っていた。滝谷七海も石田信一にしがみつくようにして見ていた。
甲斐修代は南アフリカサポーターに抱きついて見ていた。
誰もが固まってしまう緊張の時間が続き、そして、あの瞬間を迎えることになった。
居酒屋全体に、ノーサイドのホイッスルが鳴るまでのカウントダウンが始まった。
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ホーンが鳴り、ボールが蹴りだされた瞬間の時
それは多くの人にとって記憶に刻まれる瞬間だった。
特にスタジアムにいた者にとっては忘れえぬ劇的な瞬間だった。
しかし、その瞬間の後何がどうなったのか、横尾にははっきりと記憶がない。とにかく周りの人たちとハイタッチやハグや何やらでもみくちゃにされていたからだ。
その最高潮の歓喜が終わり、横尾が振り返ると、そこにスコットランド人の夫婦が立っていた。まるで横尾の歓喜の瞬間を邪魔せず、じっと待っていたかのように。
「Congratulasions おめでとう!」と、二人は英語と日本語で横尾秀子に祝福を言い、握手を求めてきた。
「ありがとう、ありがとう!」と、横尾はスコットランド人夫婦の手を握りしめた。
その時夫人が、写真を撮ってあげる仕草をした。横尾は自分のスマートフォンを差し出し、乱れた髪の毛を整えた。すると夫人が何かを言うのだったが、横尾にはよくわからない。
夫人は困った表情の横尾を見てゆっくりと単語で話した。「ハズバンド」「フォト」と。
横尾は理解した。落としてはいけないとカバンにしまった写真を取り出し、その写真と一緒にポーズを取った。
写真を見たスコットランド人の夫が声を掛けた。
「Is he a Japanese team player?」
横尾は「イエス!」と自信たっぷりに声をあげた。
スコットランド人の夫は笑顔で「it was a wonderful night!」と言い、横尾の肩を抱いた。
写真を撮った夫人も続けて横尾をハグした。
二人にはわかっていたのだ。その写真の意味するところを。
このあと、横尾は他のサポーターにこのスコットランド人夫婦と一緒に写真を撮ってもらった。
彼らは最後にもう一度横尾と握手をした後、その場所を後にした。
自国のチームが負けて、本当はひどく落胆しているであろう夫婦なのに、二人は横尾にエールを送ってくれた。
横尾秀子は感謝の思い一杯のまなざしで、その二人の後ろ姿を見送った。
国を越えた人と人との繋がりを深く感じていた。
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多くの日本人は帰ることもせず、グランドの勇者たちに声援を送り続けていた。
感無量!
横尾秀子は空を見上げて大きく息を吸った。
すると、とめどもなく涙があふれた。
嬉しさと切なさと、そしてこれまで耐えていたものが、とめどもなく溢れ出てきたのだった。
ワールドカップに行く事をとても楽しみにしていた、ジャパンのユニフォームを着て写っている夫の写真を、横尾は空に向けて掲げた。
「日本代表、やりましたよ!」
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