36.薬師太郎の青春(その4)
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第1話「彼方の記憶」松本編
【今回の登場人物】
薬師太郎 母校の生徒に付き添い登山をしている
蓼科明男 明子の弟 高校生
岳沢守 山想小屋の小家主
鵜木幡猛 山想小屋の新人従業員
蓼科明子 太郎の恋人、明男の姉 医学生
谷川まさみ 明子の友人。喫茶山稜で働いている
戻せず
やり直せない
時の流れの中で
36.薬師太郎の青春(その4)
「そんな! 嘘やろ! 」
太郎は滑る岩稜に何度か足を取られながら、倒れている生徒のところに駆け上った。
稜線上に3人の生徒が倒れていた。
太郎は蓼科明男を探したが、そこにはいなかった。
最初に発見した生徒は直撃を免れたのか、意識があった。
「大丈夫だ! 連れて帰ってやるからな! 」
太郎はその生徒を励ました。
あとの2名は直撃を受けたのか、太郎の見た目でも厳しいと思った。
「明男は、明男はどこだ!? 」
その時、太郎はスローモーションのように崖に転落していった生徒の姿を思い出した。
「まさか… 」
太郎が崖下を覗くと、そこに2名の生徒が横たわっていた。
そのうちの一人が明男であるということが太郎には分かった。
「そんな!! 」
雨は激しく続いていたが、雷鳴は少し離れていった。
そこへ、岳沢と鵜木幡が早くも駆けつけてきた。
「親父さん、その生徒さんはまだ意識があります。その生徒から運んであげて! 」
「よっしゃ分かった! 」
さらに引率教員二人も上がってきた。
「崖下に2名います! 誰かザイルを! 」
太郎はそう言うと、本来はザイル確保しながら下りないといけないところを、三点確保で岩場を降り、二人が倒れているところまで降りた。
明男を見る前に、太郎はもう一人の転落していた生徒を確認した。
頭が割れ、即死だとわかった。
太郎はすぐに明男に駆け寄った。
明男は頭から血を流していた。
「明男! おい明男! わかるか! 」
太郎は明男を抱き上げた。
明男はうっすらと目を開けると、
「太郎さん… ごめん… 」
かすかな声でそう言うと、ぐったりとした。
「明男! 死ぬな! あきお~!! 早く誰か来てくれ! 」
太郎は悲痛な叫び声をあげながら、明男を抱きしめた。
絶望が太郎の心を打ち砕いた。
雨に濡れてびしょぬれになって明子とまさみは喫茶山稜にたどり着いた。
客はいなかった。
明子は山上にいる明男と太郎のことが心配だったが、二人とも山には精通しているので大丈夫だろうと思うようにした。
やがて雨がやみ、明子は自宅に帰ろうとした。
その時、電話が鳴った。
まさみが電話に出た。そして血の気の引いた表情で明子を見つめた。
その表情を見ただけで、恐ろしく怖いことが起きたのだと明子は察した。