33.ファンタジーな人生
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
横尾秀子 白駒池居宅のケアマネジャー
立山麻里 白駒池居宅の管理者
徳沢明香 白駒池居宅のケアマネジャー
明神健太 白駒池居宅のケアマネジャー
羽黒 剛 横尾の元利用者
スチコ 羽黒をよく世話していた隣人
高隅 兼 南極ゴジラを見た男
何億年も続く地球の歴史の中で
たった一度しかない人生の時間
その一人一人の人生は
それぞれどのようなものなのだろうか
そんな様々な人生のラストシーンを支えるのが
ケアマネジャー
33.ファンタジーな人生
横尾はスチコの家を訪問した。
三人に手紙を出したのは、羽黒に依頼されたスチコに違いないと横尾は考えていたし、またスチコにもお礼をしなければならないと思っていた。
しかしスチコは出てこなかったし、住んでる気配すら感じられなかった。
すると、スチコの家の隣りの家のドアが開き、頭髪のない頭を光らせた腹の出た年配の男性が出てきた。
「スチコならもう引っ越したよ。死んだ人がいる家が隣りなのは嫌だって言ってな。なんか知らんけど立て続けに三人の男が尋ねてきたけどな。あんたが4人目や。この三軒長屋はわしだけになってしもた。あ、どこへ行ったかなんか知らんからね。」
それだけ言うと、男はドアを閉めてしまった。
死んだ人の家の隣りは嫌だなんていうのは決してスチコの本意ではない。おそらくは羽黒がいなくなった寂しさの中で生活を続けることがつらかったに違いない。
横尾はそう思った。そしてそんなスチコに切なさを感じたのだった。
あれから横尾を訪問する者はいなかった。
白駒池居宅事業所の明神健太も、徳沢明香も特に何かを言うというものではなかったが、彼らなりに感動したものがあり、横尾秀子への見方が変わったことは事実だった。
横尾は立山につぶやいた。
「結局、羽黒さんの人生の出来事がわかったのは10年ほどの間だけで、エベレスト以降の長い時間、彼が一体どのような人生を送っていたのか、全くわからずじまいでした。」
「でもきっと濃厚な人生を過ごされてたのではないでしょうか。」
その立山の言葉に横尾ははにかんだ。
いったい自分自身はどれだけ濃厚な人生を送ったのだろうかと自らを振り返る横尾だった。
「羽黒さんが言ってたファンタな人生ってどういう意味だったのかしらね~ 」
その横尾のつぶやきを聞いた明神健太が答えた。
「横尾さん、それはファンタジーとかファンタスティックとかを言いたかったんじゃないですか?」
その明神の言葉に横尾に笑顔が戻った。
「あ、そうね。」
横尾は納得した。確かに羽黒剛の人生はファンタジーに富んだものだったのかもしれないと。
「ゴジラを見たつもりでいるなんて、それだけでもファンタジー溢れる心を持った人だったのね。」
「私はファンタジーはいらないから、現実的にお金儲けしていきたいな。」
徳沢明香の言葉に、明神は苦笑いした。
「まぁ人それぞれの生き方があって、その一人一人の人生のラストをどう設計するのか、それが私たちの仕事なのね。」
横尾のその言葉に、立山麻里が反応した。
「そうですね。現実を直視しながらも、私たちもファンタジーというか、想像力を働かすケアマネジメントが必要かもしれないですね。」
横尾は頷いた。
「でも、高隈さんも言ってたけど、羽黒さんはほんとにグリコ森永事件の犯人、知ってたのかしら… 」
横尾のそのつぶやきには、グリコ森永事件を知らない明神と徳沢には意味が分からず、何の反応もしなかった。