![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/159172434/rectangle_large_type_2_402a7dbb5afc7d655bfa019be333773f.jpeg?width=1200)
16.過去と未来を繋ぐシャッターボタン
【今回の登場人物】
明神健太 白駒池居宅のケアマネジャー
葛城まや 明神が担当している利用者
立山麻里 白駒池居宅の管理者
想井遣造 立山の友人 自称カメラマン
ファインダーを覗くその姿はかっこいい
何かを表現したい情熱が
感じられるときだから
16.過去と未来を繋ぐシャッターボタン
「日記の続き、また読みましょうか? 」
「もういいわ。十分昔の記憶に出逢えた気がする。」
明神にはそのまやの言葉が、過去にとらわれず、今を一生懸命に生きたいという思いとして感じられた。
ただ、明神は残された最後の日記を開けてみていた。
字がだんだんと乱れ、意味不明な文章もあった。
この時期から認知症が進行しだしたのかもしれないと明神は思った。
それでも、調査の人が来たとか、介護の人が来たとかという、いくつかの字は読めた。
そして、彼は見つけた。
「ケアマネさん 一郎さんにそっくりの男前」
という文字を。
それ以降はさらに字は乱れ、何かを書こうとしていた痕跡だけが残っていた。
明神はまやの顔をしげしげと眺めた。
しわだらけのやつれた顔だ。認知症で色々なことをすぐに忘れてしまい、時には私たちを混乱させるようなこともする。
でもこの人にも子どもの時代があり、青春時代があり、とてもとても愛した人がいたのだと、そして、さらに思い出すこともつらい人生を耐えながら生きてきた人なのだと、一生懸命人生を生きてきた人なのだと、明神はしみじみと感じたのだった。
CDラジカセからは、チャイコフスキーの悲愴とは違った明るい曲が流れていた。
バーンスタイン指揮のエルガー「エニグマ変奏曲」と「威風堂々」だった。これも健一郎が好きな曲だったという。
![](https://assets.st-note.com/img/1729763683-2XUibcp7DhmEk3SHNQlqxRLP.jpg?width=1200)
まやは日記を机の上から棚にしまった。
すると、その日記の下からセントラルロー出版の月刊誌「頑張れ介護支援専門員」が出てきた。
なんでまやさんの家にこんな専門誌が? と、明神は思った。
「この本どうしたんですか?」
「え~っと、そうヘルパーさんが持ってきたの。何かしてといったけど忘れちゃった。」
まやは笑った。
「あ、思い出した!」
まやの大きな声に、明神はびっくりした。
「ヘルパーさんが見つけてくれたの! ほらこれ」
まやは机の下から古いカメラを取り出した。
ずっしりと重いCanonのフイルム時代のカメラだった。
![](https://assets.st-note.com/img/1729763496-KkXBpQ3M09tOL8lxrYIFjHSU.jpg?width=1200)
「へぇ~昔のカメラってこんなんだったのですか? 重い! 」
明神からすれば、骨とう品にしか見えない。
「まだ撮れるかしら… 」
まやはフイルム巻き上げレバーを回した。
「あ、回った。」
まやは嬉しそうな表情を浮かべ、カメラを構えた。
「明るい神様、撮ってあげる。」
「え~!? 」
カメラを構えたまやの姿はかっこいいと明神は思った。
まやが覗くカビだらけのファインダーの向こうに明神の顔があった。
まやはレンズのフォーカスリングを回した。
「一郎さんだ」と、小さくつぶやくと、まやはシャッターを押した。
重みのあるいい音だった。
フイルムカメラなので、今のように撮影した写真を見ることはできない。
要領がよくわからないまま、明神はまやの姿を撮りたいと思った。
これまでにない明るい表情だったからだ。
「今度僕がまやさんを撮ります! 」
明神はまやからカメラを受け取った。
「そのレバーを止まるところまで回してね。」
まやはカメラのことをしっかりと覚えていて明神に教えた。
「え~っと、こうかな?」
明神にとっては初めて構える一眼レフカメラだった。
ファインダーの向こうのまやの顔が何となくぼやけて見えたが、古いカメラだからこんなものだろうと、明神はシャッターを押した。
「はい、名カメラマン明神が、同じく名カメラウーマンのまやさんを撮りました! 」
そう言って明神はカメラをまやに返した。
「あら、フイルム終わっちゃったわ」
もう一回フイルムレバーを巻き上げようとしたがレバーは動かない。
36枚撮りフイルムの最後の2枚を写し切ったのだった。
「写真見たいわね。でもどうやって取り出すのか忘れちゃった。」
久しぶりにカメラを構え、そして写真を撮ったまやは生き生きとしていた。
明神は無性に嬉しくなった。
「あ、確か立山さんの知ってる人で、写真に詳しい人がいるって言ってたから、聞いてみます。」
「このカメラ持って行っていいから、そのよく知ってる人にお願いしてね。写真ができてくるのを待つのも楽しみのひとつなの。でも何が撮れてるのかしら… 」
まやはニコッと笑った。
![](https://assets.st-note.com/img/1729763758-g9ZF7Cd3fJX2QSlvsVxnE1bU.jpg?width=1200)
後日、立山が想井遣造に連絡し、想井がフイルムを取り出してくれた。
「これ、現像してくれるところってあるんですか? 」
と、明神が聞くと、ちょっと高いけど、現像してくれるところがあるという。
「何を撮れているのだろうか」というまやのつぶやきは、明神から立山へ、そして立山から想井へと託されたのだった。
いいなと思ったら応援しよう!
![とまりぎセキュアベース・天の川進](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/138656124/profile_b098ca82992f5cd7fdb3c2048f49e141.png?width=600&crop=1:1,smart)