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13.人生談義

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第4話 「ぬくもりの継承」

東京渋谷区白駒地区にある、白駒池居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、それに関わる人々、そして北アルプス山麓の人達の物語である。

笑顔がすてきだった加藤さんを偲んで

【今回の登場人物】
  佐藤裕行  センターの受付の男性
  秋元ユキ  立山麻里が担当する利用者

   13.人生談義
 
 白駒地区地域包括支援センターとデイサービスセンターの建物には、昔ながらの受付カウンターがある。
 その受付には交代でリタイアした人が座っている。
 そのうちの一人である佐藤裕行は秋元ユキと妙に話が合う好々爺だった。
 その佐藤が当直明けで事務所から出ようとしたとき、地域包括支援センターから、秋元ユキの辛辣な声が聞こえてきた。
 「早くお金を返してちょうだい! あなたが盗ったのはわかっているんですからね!」
 相変わらず、月山信二をつかまえて、秋元ユキは厳しい口調で訴えていたのだ。
 「おやおや、ユキ殿またやっとるな。」
 佐藤はそう呟くと、少し大きめの声で秋元ユキを呼んだ。
 「ユキどの~、お茶でも飲みましょか~」
 その暖かな声に、秋元ユキは、月山を罵ることをやめ、佐藤の方に振り返った。
 「あら、受付さん。」
 秋元ユキは、月山を無視するかのように、踵を返した。
 「お茶淹れるから、こっちおいでや。」
 佐藤のその一言に、秋元はニコッと笑うと、佐藤に誘われ、ロビーのソファに座った。
 佐藤もその横に座ってにたっと笑った。
 「相変わらずユキ殿はお元気でおますな~」
 「私、昔から男勝りって言われてたからね。こう見えてもお嬢様だったのよ。」
 「それは雰囲気でわかりますわ~」
 「あら、そう? 受付さん、嬉しいこと言ってくださるわ。」
 佐藤と秋元ユキは、不思議と何の隔たりもなく自然とこのような会話が交わせるのだった。
 秋元ユキにとって佐藤はふわっと自分を受け止めてくれる暖かい存在だったのかもしれない。
 しかし、佐藤は自分の名前を伝えてはいたものの、秋元ユキは佐藤の名前を憶えることができず、いつも受付さんと呼んでいた。
 「ユキ殿は、確か愛媛の出身でしたな~? 」
 「そうよ。松山の道後温泉の近くで育ったのよ。いいところよ~ 受付さんは来たことある?」
 「そりゃ、ありまっせ~ ええ温泉ですわ。あ、ユキ殿は道後の温泉に浸かってるから、お肌がつやつやなんですな~」
 と、佐藤は常に秋元ユキが嬉しくなるような返事を心掛けていた。
 「まぁ受付さんたら、うまいことおだてはるわ。ありがとね。そういえば、私の彼氏も、よくおだててくれたんよ。」
 「へ~ ユキ殿の彼氏様は、きっと男前の彼氏様やったんやろね~」
 「そう、男前やった。こう見えても私は結構もててね、たくさん色恋話あるのよ。」
 秋元ユキは、すでにおぼろげになってしまっている昔の記憶の断片を引っ張り出しながら、笑顔を浮かべていた。
 「あれま~ ユキ殿は男を一杯泣かせてきたんでしょうなぁ~」
 「う~ん、どうかしら。私が泣いたことも一杯あったような。もう忘れてしまったけどね。」
 秋元ユキは、悪戯っぽく笑って見せた。
 「そりゃ、男と女、色々あって面白い、ですな~。」
 佐藤は終始にこにこと笑顔を浮かべていた。
 ただ、ここまでの話は、佐藤は何度も秋元ユキと話をしていた。いつも最初はこのような会話で始まるのだ。しかし佐藤は、「前も聞いた」とは言わずに、毎回初めて聞くかのように秋元ユキの話を聴いていたのだ。
 ところが次の言葉は、佐藤にとって初めて聞く言葉だった。

 「そうね。受付さんも、一杯女の人を泣かせてきたんじゃないの?」
 「え? 私? そりゃ~ 数えきれんほど、泣かされましたわ~」
 「嘘おっしゃい。数えきれないほど女を泣かせてきたんでしょ?」
 秋元ユキの鋭い切り返しに、佐藤は思わず頭をかいた。
 「いやまいったな~ ユキ殿にはお見通しですな~」
 「そうよ。こう見えても私は、なんと言うのかしら、その、わかるのよ。」
 少し言葉に詰まった秋元ユキだったが、言葉を濁さず言い切った。
 「お見それしました! ユキ殿はさすがですな~」
 佐藤は、秋元ユキに常に敬意を払っていた。それもごく普通に。
 「私、人を見る目はあるからね。でもそれだけではだめ。もっと何かの役に立ちたいって、この頃思うの。」
 「ほぉ~ それは凄い。ええやないですか。」
 「何か役に立てるような仕事ないかしら?」
 その秋元ユキの言葉に少し佐藤が考え込んだとき、デイサービスの職員が秋元ユキを呼びに来た。
 「行かなくちゃ。じゃあまたね。」
 ユキはそう言うと、佐藤に軽く手を振ってデイサービスセンターにそそくさと向かった。その後ろ姿を見送った佐藤は、
 「仕事ね~ 」とつぶやいたあと、
 「さ、帰るか。」
 と自分に気合を入れるかのように、膝を叩いて立ち上がろうとしたが、その膝が悲鳴を上げた。
 「いたたた、膝が痛い… ユキ殿はあんなに足取り軽く立ち上げっていったのに、私の足は錆びとるのぉ~」
 佐藤は自分自身に苦笑いした。

もう一度、吞んで語り合いたかった…

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とまりぎセキュアベース・天の川進
色々とぎすぎすすることが多い今日この頃。少しでもほっこりできる心の安全基地になればと思っています。