17.おばばの眼力
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第1話「彼方の記憶」
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅の管理者
想井遣造 居酒屋とまりぎの客
山のおばば 山小屋のおばば
幾星霜の人に学ぶことは一杯ある。何故ならば幾星霜の人だから。
17.おばばの眼力
居酒屋「とまりぎ」のカウンター席で立山麻里と想井遣造は語りあっていた。
「相手の視点で考える… う~ん、まぁ言ってすぐにできるものではないけれど… そうやな~ 」
想井は少し考えた。
麻里の表情は少し酔っている雰囲気だった。
「僕自身はえらそうな話できる人間やないけど、ほかの人の話ならできるかな。それで言うたら、山のおばばの話がいいかな。」
「山のおばば、ですか?」
麻里はきょとんとした表情で想井を見つめた。
「そう。山小屋にいるばあちゃんの話。そこの山小屋には、山のおばばと呼ばれているばあちゃんがいてね、登山者にえらい人気やねん。」
「山小屋のおばば… SNSかなんかで見たような気がします。」
麻里は少しとろんとした目で想井を見つめていた。
「そうそう、山の雑誌やYouTubeに取り上げられるほど人気者になっちゃってね。最初は山小屋の受付の横にニコッと笑って座ってるだけやったんやけど、そのうちに登山者に声を掛けるようになったんや。まぁ受付自体はアルバイト君がやってるから、おばばはほんとに座ってるだけなんやけどね。」
麻里は想井の話を楽しそうに聞いていた。
「そうやって座りながら、登ってくる登山者を見ているうちに、おばばは一人一人の状況というか、具合を見て取れるようになったんやね。まぁ基本は「登ってくるの大変やったね。お疲れさま! 来てくれてありがと! 」なんやけど、ちょっとしんどそうな人やったら、つらそうやね、すぐに休んだ方がいいよって言って、従業員に休憩室に連れて行って水分補給するように指示するようになってん。」
麻里のとろんとした目が少し大きくなった。
「女性には、お疲れさま! トイレはあっち! 」って、すぐに指をさす。女性がトイレを我慢している表情も瞬時にわかるようだし、登山者一人一人の状況に応じた声掛けをするんや。従業員もそのうちにおばばのちょっとした仕草で、おばばの言いたいことがわかるようになり、即応できるようになったんやね。まぁそんなんで登山者の気持ちがわかる山のスーパーおばばみたいに言われるようになったんや。」
「すごいおばあちゃんですね! 私にはそんな人間観察力ないわ… 」
麻里は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「おばばに聞いたら、そんなに難しいことやないって言うんや。要するにちょっとだけその登山者自身になってみたらええんやっていうねん。」
麻里にはちょっとだけ登山者の身になってみるという点が気になった。
「おばばは何か特徴を見るのかしら?」
「ええとこ気づいたね。まぁ最初に相手の全体を見て、次に相手の目を見るそうな。それを瞬時にやる。そしてその目を見たらその人の気持ちになれるんやって。あんたもやってみいって、おばばに言われたんやけどね。」
それを聞いた麻里は、じーっと想井の目を見つめた。
その視線に想井はたじろいだ。
「あ、想井さん、今私のことをかわいいって思ったでしょ。」
酔ってきたせいもあるのか、麻里は七海や修代にも聞かせないような言葉を発した。
「え? いや、怖い目やと思いました! 」
その言葉に麻里は想井を睨みつけた。
「あ、た、立山さんが怖いんやなくて、さっきの視線が怖かったんですよ。おばばはね、睨みつけたらあかん、やさしく包み込むような視線で見ることって言ってはりました。」
「ふーん、難しいな~ 」
麻里は酔いが廻ってきたと感じていた。