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22,権威を振りかざす者
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
横尾秀子 白駒池居宅のケアマネジャー
羽黒 剛 横尾が担当していた利用者
立山麻里 白駒池居宅の管理者
明神健太 白駒池居宅のケアマネジャー
徳沢明香 白駒池居宅のケアマネジャー
権威や権力を振りかざす者は
そこまでの人
22,権威を振りかざす者
刑事の足柄が帰った後、どっと疲れが出たがごとく、二人はソファにもたれかかっていた。
特に立山麻里の膝はがくがくと震えていた。
「なんであんな変な刑事に絡まれないといけないの。私が知ってる警察官はもっと親切なのに。あ~怖かった。足の震えが止まらない。あいつ、介護やケアマネに恨みだけ持って、きっと裏で何をしてるやらっていう奴だわ。」
麻里は膝に手をやりながらぼやいていた。
「立山さんがあんなに強い人だとは思わなかったわ。助けてくれてありがとう。」
横尾は頭を下げた。
「でもあの刑事が言ったことはまんざら脅かしではないと思うの。確かにそうかもしれない。結果羽黒さんは一人寂しく亡くなったわけだし… 」
その言葉に麻里は少し考えてから答えた。
「でも、ほんとに孤独な死だったのかしら。私たちは大変な思いしたけど、羽黒さんにしてみれば納得の死に方だったかも。もしかしたら、誰も知ってる人がいない、自分が生きてきた証が周りに何もない病室のベッドの上で死ぬ方が、よほど本人にとっては孤独死かもしれないですよ。」
その立山の言葉に、横尾は考え込んだ。
確か羽黒もそのようなことを言っていたのを思い出したのだ。
自分が生きてきた風景も思い出も何もない病室で死ぬのは嫌だと言ってたことを。
「誰も知らない、何もなじみのない病室のベッドで死ぬ方が孤独死かぁ… 」
横尾はつぶやいたが、答えが出たわけではなかった。
「ほら、「ポツンと一軒家」っていう番組があるでしょ? あの山の中で暮らす高齢者たちだって、死ぬなら病院ではなく自分の家のほうがいいと思ってるんじゃないかしら。確かに、街なかで誰にも知られずに、誰との関りもなく、あってもそのかかわりが希薄な状態で、家でひっそりと亡くなっている人は本当に孤独死だと思うけど、それは地域全体で考えていかなければならないことだしね。」
立山は、今回の羽黒のことはこのような社会から忘れ去られた人のケースではないのだと横尾に伝えたかった。
しかし横尾にとってみれば、関わっていながら孤独な死にかたをさせたのではないか、そしてしっかりと入院を勧めていれば、元気に過ごせる時間がもっと長く続いたのではないかと思うのだった。
ソファに二人がぐったりしているところへ明神健太が帰ってきた。
「あれ、そんなところで二人そろって、何をさぼってるんですか~ 」
その言葉を受けて二人はようやくソファから立ち上がることができた。
やがて徳沢明香も戻り、事務所は普通の時間に戻った。
しかし、横尾を苦しめる第二弾がこの日は待っていた。
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その電話を取ったのは徳沢明香だった。
「横尾さん、奥渋総合病院の先生からですけど… めっちゃ不機嫌な声でしたけど… 」
それでなくても、やつれた表情の横尾がまたつらそうな表情になった。
横尾は深呼吸した後、電話に出た。
立山麻里が心配そうにその様子を見ていた。
横尾は、「はい」、「はい」と小さく答えるだけだった。
そして電話を保留にすると、立山に申し訳なさそうに声を掛けた。
「先生が、上司に変われって… 」
麻里も何を言われるかは覚悟ができていた。
羽黒の担当医は、さんざん横尾秀子を怒鳴り散らしたあと、怒りが収まらない分を麻里にぶつけようとしていた。
ケアマネジャーがもっと利用者に適切に指導していれば、病気は治すことはできたし、死ぬこともなかったし、刑事に余計な疑いを掛けられることもなかった。本人の意思の尊重と言いながら何でもかんでも言いなりになっているなんて最低のケアマネだ! と横尾は散々悪態をつかれていた。
立山麻里も同様なことを言われたうえに、上司の指導がなってないからだとも言われた。さらに「あんたの事業所と関係する利用者は一切診察や診断は受けない」とも言われたのだった。
医師は、自分の怒りをぶつけるだけぶつけて電話をガチャっと切った。
立山麻里の表情は苦痛の表情から怒りの表情に変わっていた。
立山は舌打ちすると、ガチャンと受話器を置いた。
「誰がこんな医者のところに診てもらいに行くか!」と小声だが怒りを込めた言葉を発した。
「立山さん、ごめんなさいね。私のために… 」
横尾が謝ってきた。
「横尾さんが謝ることなんか何もないですよ。このクソ医者! きっとあの刑事に色々言われたものだから、全てケアマネジャーのせいにしようとしただけですよ。まったく! おかげでこの医者はダメ医者だということが分かったんだから、こっちとしてもよかったわ!」
立山麻里は、常に管理者として自信のなさを見せることが多い迷い人だったが、時に強気を見せることもあった。それは相手が権力者であるほど燃えるところがあったようだ。
「まったく、まともな医者っているのかしら! 在宅の看取りにはまともな医者が必要だというのに! おまけに診断書の字ときたら、へたくそで読めやしないんだから!」
立山の小言が続いていた。
しかし、横尾秀子の気持ちは晴れなかった。
自分の判断は本当に正しかったのだろうか、あまりにも羽黒剛の思いを汲み過ぎて、せっかく治る病気も治せなくしてしまったのではないか、やっぱり本人の言いなりになっていて、足柄刑事が言うように職務怠慢だったのではないかと思った。そして翌日入院だと思うと、その日の体調の悪さを感じることもできなかったのだと自分を責める言葉しか浮かんでこなかった。
さらに羽黒とのこれまでのやり取りを思い出すと、まだまだこれから話をしたいことが一杯あったのに、突然の別れに対するショックも多分にあるのだと横尾は感じていた。
数日後に横尾秀子の心を癒す人たちの来訪があることを、横尾自身もだが、白駒池居宅のケアマネジャーたちは知る由もなかった。
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