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5.ゴジラ現る
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
横尾秀子 白駒池居宅のケアマネジャー
羽黒剛 横尾が担当している要介護者
探検話は
ロマンであり
ファンタスティックでもある
その話をする人にとっては
5.ゴジラ現る
「俺はな、こう見えても探険家だったんだぞ。」
「そうなんですか?」
横尾秀子は、また羽黒剛のホラ話が始まったと思った。
これまでも日本海軍が財宝を隠して沈めた船が舞鶴湾に沈んでいるのを潜って探したとか、三億円強奪事件の犯人を追い詰めたことがあるとか、根拠のない話を横尾にしていた。
「今度は南極探検ですか… 」と、横尾は想像性豊かな羽黒の話に半ば呆れていた。
「まぁそう呆れてしまわずに、勉強やと思って聞いてくれ。」
「羽黒さん、私のことを暇人やと思ってるでしょ。」
横尾は羽黒を睨みつけた。
「南極観測船宗谷に乗ってな、俺は二回南極探検に出かけたんや。」
羽黒は横尾の言葉を無視して南極探検の話を始めた。
「タロ、ジロの話の時のことや。知ってるやろ、タロ、ジロ。」
「タロ、ジロですか?… 」
横尾はすっかり羽黒のペースにはまってしまっていた。
「ほら、高倉健が主演で映画にもなったやろ。南極に置いていかざるおえなかった犬が次の年南極に行ったら生きとったという有名な話やがな。」
「ああ、犬を南極に見捨ててきた話ね。」
横尾は冷たく言い返した。さすがに羽黒のホラ話に見切りをつけて、自分の話を進めたいと思った。
すると、羽黒は怒った表情になり、横尾を睨みつけた。
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「見捨てたわけやない! あれはどうしようもない状況やったんだ。南極がどれだけ大変なところかという事、おばはんにはわからんやろ! 」
怒り出した羽黒に横尾は少したじろいだ。なんでホラ話にこんな必死になるのか、横尾にはわからなかった。
「建造から20年以上経った老朽船で、南極へたどり着くまでのすごい嵐で沈むかと思ったが、戦争中も奇跡的に沈まずに生き残った強運が宗谷にはあったと思う。それでもな、南極の嵐はひどいものだった。越冬隊員を救出するだけで目一杯で、泣く泣く犬たちは置いてきてしもたんや。誰が好き好んで犬を見捨てたりするものか! 」
興奮して喋る羽黒のその姿に、映画を見てその中の人物に同化してしまったような感覚になり、妄想を膨らませているのだと横尾は思った。
その横尾の思いを確信づける言葉が羽黒から発せられた。
「猛吹雪の中、越冬隊員の救出を向かっているときに、吹雪の向こう側にゴジラが現れたんや。ほんとに巨大な怪物やった。写真撮る前にいなくなってしまったが、俺たちはあの怪物のことを「南極ゴジラ」って呼んだんや。あの時は恐ろしかったな~」
タロ、ジロの話の次はゴジラかと、映画の影響を受けているであろう羽黒の話に、横尾は心の中でため息をついた。
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ひと通り南極の冒険談を話し終えた羽黒はさすがに疲れたのか、寝ると言ってベッドに向かった。
横尾はその時になってようやく、これから男性ヘルパーを入れることと、訪問看護を入れることを羽黒に伝えた。
「おばはんの好きにしてくれ。」
というと、羽黒は布団にもぐってしまった。
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