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27.天国からの伝達者

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」

【今回の登場人物】
  横尾秀子  白駒池居宅のケアマネジャー 
  立山麻里  白駒池居宅の管理者
  羽黒 剛  横尾の元利用者
  二浦雄一  羽黒の親友

過去は過ぎ去ったものではなく
人が生きてきた証が
一杯詰まった時間
それは歴史に名を残す人だけのものではない
一人一人の大切な歴史の宝庫

  27.天国からの伝達者

 「白駒池居宅事業所」はいつもと変わらぬ週が始まり、すでに水曜日の朝を迎えていた。
 既に明神と徳沢は訪問に出掛け、横尾も訪問の段取りをしていた。その時電話が鳴り、留守番役の立山が取った。
 「はい、横尾ですか、はい、羽黒剛さまの件で。二浦雄一さまですね。」
 立山は保留ボタンを押し、横尾に声を掛けた。
 「二浦雄一さんって知ってます?」
 横尾は首を傾けた。心当たりはなかった。
 「穏やかな声の人でしたから、文句があって電話を掛けてきたのではないと思いますけど。」
 立山も気を使った。横尾は頷くと、電話を取った。
 短い時間だったが横尾は午後からその二浦雄一と会う約束をした。
 横尾が電話を切った後、心配そうに見つめる立山に神妙な顔をして伝えた。
 「なんか羽黒剛さんのことで聞いてほしいことがあるから是非とも会って話をしたいと。2時にここに来るそうです。なんでしょうね? 借金の取り立てでしょうか。」
 横尾は不安そうな表情を浮かべた。
 「2時なら私もいるから同席します。」

 そして午後2時になった。
 その男はひょいと、現れた。
 事業所には横尾と立山と徳沢がいた。
 二浦雄一は羽黒より5歳若いという。それでも高齢者には思えないほどシャキッとし、高級アウトドアメーカーの服を着込んでいた。
 その日焼けした顔は、人生をエンジョイしている顔に見えた。
 数日前に足柄刑事と対峙したのと同じようなスタイルで、三人はソファに座った。
 前回との違いは、足柄の時には出さなかったお茶が出たことだ。
 徳沢明香は自分の席で仕事をしながら聞き耳を立てていた。
 緊張して座っている横尾と立山の顔を見て、二浦は穏やかな声で話し始めた。
 「もうリタイアして山ばっかり歩いているもので、名刺もなく、こんな格好で失礼します。」
 その挨拶に、横尾と立山の硬直は少し和らいだ。
 「実は、羽黒剛氏から遺書が送られてきましてね。」
 「遺書ですか?」
 「それがね、届いたのが昨日でね、遺書を読むとこれが届くころにはもう自分は死んでいるって書いてあるんだ。羽黒さんに電話したら出ないし、色々調べたら確かにもう先週に亡くなっているっていうのがわかってね。誰かが羽黒さんが亡くなってからこの遺書を投函したんだろうね。」
 横尾は「私ではありません。」と怪訝な表情で返事をした。
 「そうだろうね。というのは、その遺書には白駒池居宅事業所の横尾秀子ケアマネジャーに凄くお世話になった、一言お礼を言いに行ってくれと書いてあったんだ。」
 横尾も立山もきょとんとして二浦を見つめた。
 「そう~ なんですか? 二浦様は羽黒さんとどのようなつながりがある方なのですか?」
 横尾は遺書と聞いて、最初は金銭にまつわることかと身構えたが、わざわざ訪問してお礼を言いに来たということで、この二浦と名乗る人物が何者なのかが気になった。
 「あはは、そうですね。最近は年賀状のやり取りと、たまに電話するくらいしかなかったんですが、私は羽黒さんには色々とお世話になりましてね。」
 「そうだったんですか? 失礼ですが、羽黒さんから二浦様のことは何もお聞きしてなかったのですが… 」
 「そうでしょうね。彼は人のことをどうのこうの言うことはあまりなかったかな。彼とはね、エベレスト以来の付き合いでしてね。」
 「エベレストですか!? 」
 横尾は驚いた。
 これまで羽黒のホラ話として聞いていたエベレストの話だったが、実際にエベレストに同行した人物がいたこと、そして、羽黒の話が事実だと知った驚きだった。


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とまりぎセキュアベース・天の川進
色々とぎすぎすすることが多い今日この頃。少しでもほっこりできる心の安全基地になればと思っています。