15.「在宅生活は不可能」という結論がはじめにあるわけではない
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅の管理者
明神健太 白駒池居宅のケアマネジャー
葛城まや 明神健太が担当の利用者
松本深也 デイサービスの管理者
木曽真帆 ヘルパーステーションのサ責
谷山五郎 まやの後見人
高尾菊太郎 地域の民生委員長
ひとりの人の人生のラストステージを
いかにすてきなステージにできるかは
ケアマネジャーの手腕にかかっている
15.在宅生活は不可能という結論がはじめにあるわけではない
サービス担当者会議が始まろうとしていた。
明神の手元にはセントラルロー出版社が出した「サービス担当者会議」の本があった。
その8ページに付箋が貼られていた。
「利用者のライフヒストリーを大切にしよう」という項目だった。
立山から渡された本だったが、明神にとって心強いページだった。
明神の横には葛城まやが座っていた。最初はそんな沢山の人がいるところはいやと言っていたまやだったが、「明るい神様の隣りならば」と、何とか出席してくれた。
そのほかに、デイサービスの担当者の松本深也、ヘルパー事業所の責任者の木曽真帆、地域の高尾菊太郎民生委員、そして後見人の谷山五郎と、立山が出席した。
テーマは「葛城まやさんの今後の在宅支援について」というものだった。
それぞれの近況報告では、明神から受けた情報でデイサービスでは、
「喫茶時にセンターの隅でクラシック音楽を掛けたところ、葛城まやさんと同じようにクラッシック音楽が好きだという人がほかに2名現れ、その二人と楽しく会話する時間が増えたため、デイサービスへ来る楽しみが増えたようだ」との報告がなされた。
ヘルパーからの報告では、「一時部屋の中が様々なもので散乱するときがあったが、最近はそのような荷物をひっくり返すようなことは少なくなった。」そして、「いつもCDで音楽を掛けており、音楽が終わるとヘルパーにCDを入れ替えてほしい」とお願いすることがあるとの報告があった。
高尾民生委員が危惧していた台所の火の始末については、本人も使い方がわからないのでと触ることはなく、そのため元栓が閉められていること。
冷暖房はエアコンを使っていること、ごみ出しは指定日時にヘルパーが入り実施していること、食事は宅配サービスを活用しているなどの対応を継続実施するということで了承し、高尾民生委員が時々安否確認をしてくれることも決まった。
しかし後見人の谷山は、最初から在宅で支えていこうとする雰囲気に不満顔だった。
「そりゃ、今はええかもしれんけど、認知はどんどん進んでいくし、結局困るのはあんたたちとちがうんか? 」
立山は「認知」という言葉を使う谷山にカチンときたが、本人がいたので注意は後からすることにした。
「物事まだわかってる間に施設に入ったほうがええと思うけどな~ 実際のところ、葛城さん、一人やったら不安やろ? 」
谷山は、まやに声を掛けた。
まやはうつむいて何も答えなかった。
「あ、あのことがあるからと言って、すぐに在宅生活をあきらめるのはどうかと」
明神はまやをかばおうとした。認知症という言葉は使わなかった。
「いや、私はあんたたちも本人もどっちもしんどい思いさせたくないから言ってるんや。」
立山ががまやの顔を覗き込んでほほ笑んだ。
「葛城さん、大丈夫よ。誰もあなたを責めてないから。」
立山はやさしく声を掛けた。
「何を言われてるのか私にはわからない。早く一郎さんと剛がいる家に帰りたい。」
そのまやの言葉に少しの間沈黙があった。
妄想や幻覚として夫や息子が見えているのか、それとも大切な家としての意味なのか、それぞれに戸惑ったのだ。
明神は自宅でまやに聞いたような感じで聞いてみた。
「あの家で最後まで暮らしたいですか? 」
「だって、あの家は私の家だもの。」
その言葉に明神はニコッと笑った。
「それでは、本人の意思の確認もできたので、できる限り葛城まやさんが自宅で生活できるサポートを確認していきましょう。」
明神が言うよりここは私が締めたほうがいいと思った立山が言い切った。
谷山も頭をかきながら仕方なく頷いた。
「専門家がそういうんやったら、任すけど、葛城さんの認知がもっと進んだら私が動くからね。」
嫌見たらしく本人の前で認知が進んだらと言った谷山の発言に、立山も明神も顔が強ばった。
その時柔和な表情を浮かべて高尾民生委員長が発言した。
「ま、葛城さんとは、わしも長い付き合いあるしね。周りでは色々言う住民もおるけど、あの家と葛城さんは、この白駒地区で長く生活して来られた証明みたいなもんやからね。何でもかんでも施設入れたらいいちゅうもんでもないやろ。地域で支えることも大切なことやし、わしも頑張って見守りさせてもらいますわな。」
葛城まやはその高尾の言葉に、ほんのりと微笑んで見せた。
この高尾の言葉が決定打となり、今後の方針がまとめられた。
これまでのサービスのほか、追加が必要なところや注意すべき点などが話し合われ、見守り体制も強化するなど、連携を図って葛城まやを支えていくための前向きな会議が進められた。
明神の手元にはセントラルロー出版の「サービス担当者会議」の下に「認知症のケアマネジメント」の本があった。その180ページにも付箋が貼られていた。
「本人の生活を支える視点を持つ」という言葉、そして、「non zero sum」
頑張れた!と、明神は思った。
葛城まやは、「明るい神様」と言いながら、明神を拝んだ。
「いやだから、神様なんかじゃないですって!」
明神は照れ笑いしながら手を振った。