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4.月、暗雲に覆われる

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第4話 「ぬくもりの継承」

東京渋谷区白駒地区にある、白駒池居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、それに関わる人々、そして北アルプス山麓の人達の物語である。 

【今回の登場人物】
  立山麻里  白駒池居宅のケアマネジャー
  月山信二  白駒地区地域包括支援センターの相談員
  秋元ユキ  麻里が担当する利用者
  小村大作  白駒地区社協の職員
  滝谷七海  白駒地区地域包括支援センターの管理者
  佐藤裕行  センターの受付の男性

とんとん拍子で行くと
落とし穴にあっという間に落ちることもあるのが
この仕事の妙

4.月、暗雲に覆われる

 秋元ユキの介護サービスの導入は順調だった。
 デイサービスは月山信二が働く白駒地区地域包括支援センターがある建物に併設されているデイセンターへ通うことになった。まずは週2回の利用からの開始となった。
 なじみの顔の月山が近くにいる方がよいと思ったからだ。
 また生活支援では明神健太ケアマネジャーが葛城まやの支援を頼んでいた木曽ヘルパーがいる事業所に入ってもらうことになった。
 秋元ユキはデイサービスでは気軽に他の利用者と溶け込んでいた。
 元々営業の仕事をしていたからだろうか、人と話すのは抵抗がないようだった。
 ただ課題となったのが、金銭管理だった。
 確かに改めて確認すると、ふとんは立派な羽毛ふとんであったし、タンスの中には定期的に送られてきている化粧品の箱が山済みだった。
 何故か健康食品は見当たらなかったが、月山は継続されている化粧品と健康食品の契約を打ち切る手続きをし、盛んに小口現金を欲しがる秋元ユキに、丁寧に借金のことを何度も説明して、年金の一部しか渡せないことを伝えた。
 「私のお金なのに、自由に使えないなんてね~ 」
 と、秋元ユキは月山に愚痴った。

 一方、立山麻里と秋元ユキの関係はスムーズに進んだ。
 麻里が秋元の手に皮膚疾患を見つけ、病院で見てもらいましょうと声を掛けると、「気になっていたとこなの。ありがとう」と、すんなりと麻里と一緒に病院まで行ってくれた。
 秋元ユキが阪神タイガースの話をしだすと、トンと分からない麻里に対して、「もっとタイガースのことを勉強しなさい!」と言って叱るのだった。
 秋元ユキからすると、自分の中のあやふやが増えてきて、自分ではどうしたらいいかわからない不安に対して、立山麻里に話せばすんなりと対応してくれ、逆に自分はわかっているのに、その知識がない麻里に対しては、まるで親か教師かのように接するのだった。
 しかし、日が経過するにつれ、秋元ユキの月山信二への態度がこわばってきたのだった。
 次の年金を下す日、社協職員小村大作とともに月山は秋元ユキと銀行を訪れ、残高確認をしたうえで、秋元ユキに小口現金を渡すことにした。
 しかし、いつも振り込まれた年金額の分を降ろしていた秋元ユキにとっては、その半分にも満たない額しかもらえないことに、何度も「私のお金なのにどうして好きなように使えないの!」と言って、二人を睨みつけたのだった。
 月山は繰り返し、借金があること、家賃を払わなければならないことなどを説明するのだったが、秋元ユキの表情は強張ったままだった。

 そして、突然秋元ユキのその行動は始まった。
 デイサービスに来るや否や、センターを飛び出した秋元ユキは、廊下をつたって地域包括支援センターの事務所にやってきた。
 事務所の受付窓口から、パソコンに向かって座っていた月山信二を指差して言った。
 「ちょっとあなた、こっち来て。」
 月山はびっくりして立ち上がった。
 「秋元さん、どうかしたのですか?」
 月山は廊下に出た。
 管理者の滝谷七海はその様子を見守った。
 秋元ユキと月山とは信頼関係が構築されており、順調に生活支援が進んでいると思っていただけに、緊迫した表情の秋元ユキに七海にも緊張感が走った。
 「私が来た意味わかるわね?」
 「何のことですか?」
 「何のことって、しらばっくれて! 私のお金を返してちょうだい!」
 「えっ!?」
 月山は驚いた。七海も立ち上がって二人の様子を見た。
 「秋元さん、お金は盗ったのではなく、管理してるんですけど。ほら社協の… 」
 「何を訳の分からないこと言ってるんですか! 私から盗ったお金、今すぐ返してちょうだい!」
 秋元ユキの怒り方が尋常ではなかったので、さすがの月山もたじろいだ。
 突然何が起こったのかと言う感じだった。
 その時デイサービスの職員が秋元ユキを呼びに来た。
 「秋元さん、朝の体操の時間ですよ! 早く帰ってきてください!」
 その一言はヒートアップし続けていた秋元ユキの気持ちにブレーキをかけた。
 「いいですか、私が帰るまでにちゃんとお金を返してくださいね!」
 秋元ユキはそう言って月山を睨むと、声を掛けてきたデイサービス職員とともにデイサービスセンターに戻っていった。

 この日を発端にして、秋元ユキは朝の送迎でデイに着いた途端、地域包括支援センターの月山の所に向かい、金を返せと月山に執拗に迫ることが日課のようになった。
 朝だけでなく、帰りの送迎前にも包括支援センターに来ては月山に迫った。
 そして次に始まったのが、デイサービスがない日の秋元ユキからの電話だった。
 月山は何かあったらいつでも連絡してほしいと、包括支援センターの電話番号を大きく書いて、冷蔵庫に張り付けていたのだが、そのことが月山にとっては災いになってしまったのだ。
 最多で一日60回もの電話が秋元ユキから掛かるようになり、白駒地区地域包括支援センターはその対応に追われることになった。
 しかし立山麻里が秋元ユキの家を訪れても、月山のことを訴えることは全くなかった。
 「秋元さん、生活で困ってることない?」
 と、立山がふっても、
 「う~ん、お小遣いには困ってるけど、それはしょうがないね。」
 と、あっさりと答えるだけだった。
 デイサービスに行くことで快活になった秋元ユキの姿は、立山麻里にとっては安堵できるものだった。もの盗られの訴えも、元気に自分の思いを発している状態だとも思ったくらいだ。
 しかしそのため、ケアマネジャーである立山麻里と、地域包括支援センター職員との間に温度差が生じることになった。

 その秋元ユキが妙に話が合う人物が一人いた。
 この地域包括支援センターやデイサービスがある建物の受付に座っている高齢の男性である。濃い眉毛の人懐こい表情をした、80歳代前半の佐藤裕行という男性である。
 「受付はその職場の顔」と言って、いつも笑顔で来訪者を迎え、笑顔で見送る人だった。
 デイサービスに来られる利用者も、ここで働く職員も、まずは最初に佐藤の笑顔に迎えられる。それが秋元ユキには心地よかったのか、佐藤とは笑顔で会話した。
 月山を罵った後も、佐藤の顔を見ると、まるで月山とのことがなかったかのように秋元ユキは、「あら、受付さん」と気軽に声を掛けた。
 佐藤も「はい、うけ、つけお です」と言ってニコッと笑うのだった。

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とまりぎセキュアベース・天の川進
色々とぎすぎすすることが多い今日この頃。少しでもほっこりできる心の安全基地になればと思っています。