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6.苛立ちは苛立ちを生む
東京渋谷区白駒地区にある、白駒池居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、それに関わる人々、そして北アルプス山麓の人達の物語である。
本人が抱えている課題解決より
ケア側の負担を問題にする議論
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅のケアマネジャー
月山信二 白駒地区地域包括支援センターの相談員
秋元ユキ 麻里が担当する利用者 要介護1
滝谷七海 白駒地区地域包括支援センターの管理者
丹沢郁美 白駒地区地域包括支援センターの保健師
台東隆志 白駒地区デイサービスセンターのリーダー
小村大作 白駒地区社協の職員
6.苛立ちは苛立ちを生む
秋元ユキへの対応についてカンファレンスが開かれていた。
白駒地区地域包括支援センターの滝谷七海が司会を務め、月山信二と同じ包括支援センターの保健師丹沢郁美、担当ケアマネジャーの立山麻里、そしてデイサービスのリーダー台東隆志と社協職員の小村大作が参加した。
テーマは秋元ユキの月山信二に対するもの盗られ妄想の状況と、地域包括支援センターに対する頻繁な電話への対応をどうするかという事であった。
会議は最初からピリピリした雰囲気だった。
「一日に最大60回の電話というのはやはり尋常じゃないです。月山さんが関わったケースですけど、みんなの仕事がストップしてしまうので早急に何とかしなければならないと思います。仙丈先生に言って精神薬でも出してもらえばどうでしょうか?」
いきなり強烈パンチを出してきたのは包括の保健師の丹沢郁美だった。
「まぁ、精神薬はともかくとして、仙丈先生に相談するのは必要でしょうね。立山さんから秋元さんの受診とともに、仙丈先生に相談するのは可能ですか?」
滝谷七海の立山麻里への言葉は結構冷たいものだった。相談するということは、要は精神薬を出すかどうかを相談してほしいということだ。いきなり薬で押さえる話になるのかと、立山はカチンときた。
しかし滝谷七海は立場上、丹沢郁美にあらかじめ意見を聞いていて、丹沢に気を遣って、いきなりのこのような話になったのだというのは立山麻里にもわかっていたが、すぐにこのような薬を前提とした話を進める滝谷七海に腹が立った。
「受診も相談もしますが、ご本人の今の元気な姿から、恐らく先生はお薬については難色を示されるのではないかと。」
その立山の言葉に丹沢はすぐに反論した。
「元気過ぎるから月山さんを攻撃するのです。きっと本人も自分の気持ちをコントロールできない状態なのだと思います。だから本人もしんどいのだと思いますよ。お薬でコントロールしてあげることが必要ではないでしょうか。」
きつい口調の丹沢の言葉に、立山は反論しようと思う気持ちが沈んでしまい、黙ってしまった。
緊張感が走る中、デイサービスの台東隆志が、我的を得たりというような表情を浮かべて言った。
「自宅に貼ってある包括の電話番号を取れば、電話ができなくなるんじゃないですか?」
台東の自信満々の言葉だった。
「それも考えたんですが、それでは秋元さんの電話ができる権利を奪ってしまうことになると思うのです。ですから電話番号を剥がしてしまうのは勝手すぎると思うのです。」
月山が真摯に答えた。
月山のその言葉に台東の意気込みは沈んだ。
確かに電話番号を外しさえすれば、電話が掛かってこないのだからいいではないかと判断することも多いだろう。しかしここは秋元ユキの電話をできる権利を月山は守ったのだ。
月山にそう言われると丹沢も反論できないのか、矛先を再び立山に向けた。
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「ケアマネさんの事業所の電話番号は貼ってないのですか?」
「名刺は渡してますけど、電話番号は貼ってはいません。」
その立山の返答に丹沢が睨み返した。
「それは駄目でしょ。担当ケアマネさんなんだから。そもそも包括が対応すること自体おかしいしでしょ? ケアマネさんにケースを託したんだから。ケアマネさん所の電話番号貼っといてもらわないと。代わりに包括の電話番号をはがせば済む問題じゃないですか?」
滝谷はさすがに立山に助け舟を出さないといけないと思った。
「ケアマネジャーの支援で包括が一緒に動くというのも包括の役割ですからね。」
滝谷のその言葉に丹沢はすぐに反論した。
「今回ケアマネさんは困ってなんかいませんよ。困っているのは私たちなのですから。」
丹沢の勢いに押されて滝谷も返答に詰まってしまった。
「そもそもは、私の対応がまずくてこうなったのだと思います。お金のことはもう少し慎重に対応すべきでした。」
月山は何とか険悪な雰囲気を収めようとした。
しかし、社協の小村大作がさらに会議をややこしくさせた。
「そのお金の件ですが、このように、もの盗られ妄想がきつい人の場合は、自立支援事業にはそぐわないと思います。それに今は月山さんだけが対象になっていますが、今後小口管理などでその矛先が私どもに向けられる可能性もあるわけで、私どもは妄想の対処まではできませんので、秋元さんのような認知のきつい人への導入は考え直す必要があるのではないかと私どもは思っています。」
立山麻里は、「私ども」という言葉を使う小村にむかっときた。
社会福祉協議会の意見ではなく、あなたが嫌だからだろと言いたくなったがこらえた。「認知」という言葉を使う事にも引っ掛かった。
しかし、何を言っても今は担当ケアマネジャーに降りかかるのだと立山は思った。
「デイの方で朝にセンターに到着したら、包括に来るのは止められないのですか?」
丹沢は立山に見切りをつけたのか、今度はデイサービスの台東に質問を向けた。小村の意見は自分には関係ないという感じで無視した。
「それが秋元さんは職員が止めても、車から降りた途端に包括に向かうんです。着いたら包括というのが習慣化しているみたいな感じです。でも、デイサービス自体は楽しんでおられますよ。朝の体操は好きですから、体操ですよって声を掛けると包括から帰ってきてくれますし。」
その台東に向かっても丹沢はにらみを利かせた。
「デイの車に乗って、デイセンターへ着いて、夕方に家に送り届けるまで、自分ところの利用者はデイの職員が管理しないとダメでしょ。もし包括の事務所へ来るまでに転倒したらどうするのですか?」
丹沢の圧力に台東は再び消沈した。
「すいません… 」
台東はそう言うと頭を下げるのみだった。
「私が思うに、秋元さんは結構認知の酷い大変な人だと思います。デイサービスも認知のデイの方がいいんじゃないですか? ケアマネさんはその事実をよくわかってるんでしょうか? それにデイ職員の意識の低さも要因だと思います。また包括に行ってるわくらいにしか思ってないでしょ。」
丹沢の言葉は、秋元ユキのもの盗られ妄想の原因はケアマネジャーにありということであり、そこにデイサービスも巻き込んだような発言だった。
立山は秋元ユキを「認知」と言って見下す言い方をする丹沢にも怒りが込み上げてきたが、圧倒される中、反論する勇気がでなかった。
一番困ったのは月山だった。丹沢の苛立ちもよくわかった。頻繁にかかってくる秋元からの電話は、確かに包括支援センターの職員を苛立たせるものだったからだ。
しかし、こんなネガティブな会議になってしまったことに、自分を責めることしか月山はできなかった。
「秋元さんはケアマネジャーさんやデイサービスの職員さんに不満があるわけでなく、私に対してあるのですから、もう少し頑張って秋元さんと話をしてみます。」
と、月山は言ったものの、具体的な対策は思い浮かんではいなかった。
滝谷七海はまとめなければならなかった。
丹沢郁美も本来こんなにとげとげしい人間ではない。保健師として卒なく課題を解決していく人なのだ。
しかし頻繁に文句を言いに来て、さらに何十回と電話をかけてくる秋元ユキにいら立ちを隠せなくなっているのも事実なのだ。
滝谷は、ここは立山麻里に泣いてもらおうと思った。そして、後で麻里をフォローしようと考えた。
「それでは立山さん、仙丈先生への相談と、電話番号の件、お願いできますか? 台東さんも何か工夫を考えてみてください。月山さんと秋元さんが話し合うときは、私も一緒に入りますので。」
なんか場当たり的な、丹沢郁美の言うままをまとめたような感じの発言になってしまったと、滝谷は後味が悪かった。
「わかりました。秋元さんとよく話し合って、秋元さんの思いも受け止めながら対処します。」
この場における立山麻里の目一杯の抵抗の言葉だった。
そして、滝谷七海の立場もわかるが、どこか彼女に対してわだかまりが残ってしまった立山麻里だった。
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