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34.(最終話)人生を美味しくファンタスティックに生きる

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」

【今回の登場人物】
  横尾秀子  白駒池居宅のケアマネジャー 
  立山麻里  白駒池居宅の管理者
  羽黒 剛  横尾の元利用者
  正木正雄  居酒屋とまりぎの親父さん
  想井遣造  とまりぎの常連客 立山の友人


つらい体験も多々ある
しかし人の繋がりの凄さ、温かさに感動を得ることもある
そして様々な人生を生きてきた人と出会える
それがケアマネジャーの仕事

  34.(最終話)人生を美味しくファンタスティックに生きる

 横尾秀子は妙に誰かと話をしたくなった。そして浮かんだのが居酒屋「とまりぎ」だった。
 横尾が「とまりぎ」を訪れる時は、何故か立山麻里たちは来なかったので、この店が立山たちのお気に入りの店だとは横尾は知らなかったし、それは立山たちも同じだった。
 「いらっしゃい」
 人懐こい顔で居酒屋とまりぎの親父、正木正雄は横尾に声を掛けた。
 「あ、横尾先生じゃないですか、いらっしゃい」
 と言ってくれたのは、想井遣造だった。彼はこの日は横尾より早く来ていたのだった。
 以前の経験から、この二人となら楽しく話ができると横尾は思った。
 店はガラガラだったが、想井が座っているカウンター席に座った。
 生ビールで想井と乾杯をした後、横尾は二人をかわるがわる見つめた。
 「正木さんと想井さんって、なんか不思議な存在ですね。」
 横尾は、二人と話をすると、心が落ち着くと言いたかったのだ。
 「まぁ不思議と言われれば不思議かもしれません。二人とも変なおっさんですから。特に正木親父は顔まで不思議やし。」
 「おい俺にふるな。変な親父はお互いさまやろ。と言うか、変な親父やなくて、変わった親父と言ってくれた方がまだましや。」
 横尾は二人のボケと突っ込みが聞いているだけで心地よかった。
 ここ数日の横尾秀子の心は、まるで激流に翻弄されるゴムボートに乗っているような感じだった。
 羽黒の死からというもの、心が叩きのめされるようなことが続いた。
 自分の行動にも自信を無くした。
 そしてその後に訪れた三人の男による時空を超えたファンタジーな感覚の話。
 心潤う時ではあったが、感謝されればされるほど、自分の行動が本当に良かったのかと、自分を責めることもあった。だから正直、心はちょっと疲れていた。
 そんな中、たわいもない正木と想井の会話を聞いていると、心の中をノーサイドにすることが出来たのだ。

 少し酔いが回ったせいもあるが、横尾は変な質問をしようと思った。
 「お二人は本物のゴジラを見たことありますか?」
 横尾がゴジラなんて言うのが二人にはおかしかったが、二人はその話に付きあってくれた。
 「ゴジラね~ 一度お会いしたいとは思いますが、街を破壊されると困るので、あんまり会いたくなないですね~ 正木さんは時々ゴジラみたいに吠えますけどね。」
 「なんでやねん。ま、理不屈なことがあった時は吠えとるけどね。それにしても横尾さん、なんで突飛に?」
 「それがね、南極でゴジラを見たっていう人の話を最近会った人から聞いたので、本当にいるのかなって?」
 「あ、その話聞いたことありますわ。確か南極観測船宗谷の乗組員が見たんやったけな。」
 想井のその反応に意外と知られている話なんだと横尾は思った。
 「その宗谷に乗ってた人の話を聞いたの。でもほんとかしら… 」
 「へぇ~ 実際に乗っていた人の話を聞きはったんですか。それは凄い!」
 想井は驚いた後、少し考えこんでから返事をした。
 「そうやね、ほんとやと思いますよ。まぁ確かにそれ以降現在に至るまで南極で怪物を見たという報告はあらへんけど、だからと言って幻を見たとも言えへんしね。でもなんかワクワクするような話やと思います。実際にいたとかいなかったとかは別にして、なんか楽しいやないですか。人生夢と冒険、そしてファンタスティックな体験するのって、人生美味しくなる要素のひとつやと思います。ですよね、正木さん。」
 想井は正木に振った。
 「そうそう。一度しかない人生、いろんな体験して美味しく生きないとね。」
 正木は横尾に向かってにたっと笑った。
 「そうよね~ 私も冒険に出てみようかしら。」
 横尾は子どもっぽく笑った。
 「いいやないですか! その気になればどこにだって行けますよ! 冒険に出たら、なんというか現実離れしたファンタジーでミステリアスな世界が体験出来て、生きていることの意味を深く熱く感じられるんとちゃいますかね。それこそが美味しい人生なんかな。」
 想井のその言葉に、横尾は羽黒剛の人生の意味の答えをもらったような気がした。
 「羽黒さんは料理も上手だったみたいだし、まさしくおいしい人生を送ってこられたのね… 」
 ぽつり呟いた横尾の言葉の意味を想井も正木も、頷きながら、何も問わずに流した。
 もちろん二人とも突然横尾の口から出てきた羽黒のことを知る由もなかったが、横尾の心に深く関わった人物であるということは二人にもわかった。

 「それにしても親父さん、今日はひまやな~ 客誰もけえへん。」
 少しの間の沈黙を想井が破った。
 横尾は店を見廻した。
 「ほんとに。今日はお客さんいないですね。」
 「横尾さん、痛いこと言うな~ 明日はいよいよワールドカップの決勝戦ですから、明日に備えて今日は誰も来ないんですわ。」
 正木は明るく答えた。
 「もう明日でワールドカップは終わるのね… 」
 横尾秀子が呟いた。
 思えば羽黒剛との出会いは、横尾の小さい殻に閉じこもった心の世界を大きく開けてくれたと言える。
 ワールドカップのスコットランド戦での夫婦との出会いでもそうだったが、羽黒のおかげで自分の夫のことを知ってくれてた人と出会えたのも嬉しかった。
 それだけではない。つらい体験もしたが、人の繋がりの凄さ、温かさに溢れるくらいの感動を得ることも出来た。
 そしてこうやって様々な人生を生きてきた人と出会えるケアマネジャーと言う仕事の楽しさも感じることができた。
 感慨深い表情で宙を見つめている横尾秀子を見て、想井は正木に声を掛けた。
 「ほかにお客は誰もおらんし、ラグビーワールドカップも明日で終わるし、親父さんがお気に入りのワールドインユニオンを、横尾さんにも聞いてもらいましょか。」
 「あの、木星をアレンジしたワールドカップのテーマソングですね。私もあの歌好きです。」
 「そうそう。世界はひとつにならなあかんという内容の歌詞ね。まさしくノーサイド精神の歌ですわ。」
 想井が愉しく答えた。
 「よっしゃわかった。」
 横尾は想井と正木はほんとに不思議な男だと思った。
 居酒屋とまりぎは、まるで心の安全基地みたいなところだと感じたのだ。

最後の試合が終わり、外される切なさ

 ワールドインユニオンの音楽を聴きながら、羽黒剛が言った「ファンタな人生」とは、現実と空想の狭間の、なんとも幻想的な世界のことを語ってくれたのではないか、と横尾はあらためて思ったのだった。
 「だから、羽黒さんは、本当にゴジラを見たんだわ… 」
 独り言のように横尾秀子はつぶやいた。
 「え?」
 と、想井は横尾を見つめたが、一人暖かそうに微笑んでいる横尾秀子の姿を見て、声を掛けずにそのひとときの時間を大切にしたのだった。

<World In Union 歌詞>

There's a dream, I feel So rare, so real
私には大きな夢がある とても大切なすばらしい夢
All the world in union The world as one
すべて国々が結びついて ひとつの世界になること
Gathering together One mind, one heart
あらゆる人々が手をたずさえ ひとつの思い ひとつの心に
Every creed, every color Once joined, never apart
すべての信条 すべての肌の色が 垣根を越えてひとつに集まる
Searching for the best in me I will find what I can be
自らの可能性を探りながら それぞれの力を発揮していく
If I win, lose or draw there's a winner in us all
勝っても負けても引き分けても みんなの心に勝者が宿る
It's the world in union The world as one
世界の国々が互いに結びついて ひとつのゆるぎない世界に


第3話終わり (第4話につづく)

この4か月後
ワールドインユニオンの歌詞とは真反対の
世界が分断され、人々も分断される
恐るべき恐怖が始まることを
この時は誰も知らない。
当然想井も正木も
そして白駒池居宅事業所の面々にも
悲愴な状況が襲うことを…

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とまりぎセキュアベース・天の川進
色々とぎすぎすすることが多い今日この頃。少しでもほっこりできる心の安全基地になればと思っています。