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15.思いを大切にするということ
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第4話 「ぬくもりの継承」
東京渋谷区白駒地区にある、白駒池居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、それに関わる人々、そして北アルプス山麓の人達の物語である。
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅のケアマネジャー
秋元ユキ もの盗られ妄想が激しい麻里の利用者
仙丈 岳 秋元ユキの主治医
月山信二 包括支援センター職員。秋元ユキを担当。
認知症だからということで
その人の判断を奪う権利はないだろう
認知症であってもなくても
本人の意思は尊重されるべき
15.思いを大切にするということ
月山信二からははっきりとした返事はもらえなかったが、立山麻里には秋元ユキが決して月山を嫌っているのではないと思っていた。
それはユキと行動を共にする中で確信へと変わっていくのだ。
「もう、めんどくさいわね~ 今までこんなに医者に来たことなんかなかったのに~」
と、秋元ユキはぼやきながらも、立山麻里とともに仙丈医院の待合室で座っていた。高血圧があることを前回の診察で仙丈医師に言われていたため、薬の効果も含めた定期受診だったのだ。
立山麻里と秋元ユキは、自宅ではほぼよもやま話が主体で、その中で秋元ユキがわからないこと、困っていることに麻里が対処していることが多かった。
ちょこんと待合の椅子に隣りあって座る中で、麻里はあらためてお金のことを聞いてみることにした。
「秋元さん、困ったことあった時はいつも私を頼ってくれてありがたいけど、お金で困っていることはない?」
「そりゃ~ 困ってるわよ~ だって自分のお金が自由に使えないんだから~ あのお月さんが牛耳っちゃってさぁ~」
それを聞いた麻里は、自分の考えが的外れだったのかと思った。
「でも私はあればあるだけ使ってしまうからね~ 凄い不満だけど、お月さんがいないと不安だし困るから。」
そう言って、秋元ユキはにこっと笑った。
麻里は、やっぱり月山のことを信頼してたんだという想像が当たり嬉しくなった。しかし同時に、その信頼している月山に、何故あんなに過度なもの盗られ妄想をぶつけるのかが理解できなかった。
「その不安を和らげるお薬はいらない?」
麻里は本人の意思をしっかりと確かめようとした。
「私、風邪ひいてないから、お薬はいらん。」
ちょっと的外れな返答に、麻里は戸惑った。
その時、診察室から「ケアマネジャーさん先に入ってください。」と看護師が声を掛けてくれた。
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麻里はあらかじめ、もの盗られ妄想の激しい状況と、先日のカンファレンスの内容を仙丈医師に事前情報として送っていたのだ。
仙丈医師は本人の診察前に立山麻里から意見を聞こうとしていた。
診察室に入ると、仙丈医師は事前情報の紙に目を通していて、立山を見なかった。
麻里はちょこんと椅子に座り、仙丈医師が声を掛けてくるのを待ったが、仙丈のその横顔に男前だなと思ってみとれていた。
その時、読み終わった仙丈が顔を上げ、麻里を見つめた。思わず麻里の鼓動が高まった。
「それで、ケアマネさんはどうしたいん?」
「は?」
いきなりの質問に仙丈医師に見とれていただけでなんの準備もしていなかった麻里は混乱した。
「ケアマネさんも薬、出してほしいの?」
その仙丈医師の言葉に麻里はケアマネジャーとしての自分に戻った。
「あ、いや、私は別に… ただ、もの盗られ妄想の対象になっている包括の人たちは大変じゃないかなと思って… 」
麻里はどぎまぎしながら答えた。
「医者は薬出すことくらいしかできないから、あんたたちが困ってるというならば出すけどな。ひとこと言わせてもらうと、それがケアのプロの人たちが集まって出した結論なのかっていうことだ。」
仙丈はズバッと言った。
麻里にはグサッと突き刺さる言葉だったが、反面嬉しくも思えた。
「で、ケアマネさんの意見は?」
麻里はこの医師の前では正直な気持ちが言えると思った。
「私は、私は、いらないと思います。秋元さんは今は何とか頑張って一人で生活しておられますし、その現状を投薬で崩したくありません。でも、秋元さんが不安で仕方なくて、お薬が欲しいというならば別ですけど。」
麻里はカンファレンスでは言葉にできなかったことを仙丈の前では言えたのだ。
「わかった。では本人に入ってもらって。」
仙丈医師は淡々と進めていった。
診察が終わり、二人は再び待合室の椅子に座り、精算を待っていた。
「あのお医者さん、男前ねぇ。私がもっと若かったらアタックするのにね。あ、あなたこそどうなの? まりちゃんならあのお医者さんとお似合いよ!」
秋元ユキは麻里を見つめながらにこにこ笑っていた。
「私みたいなの、相手にもされませんよ。」
そう言った立山麻里の顔は赤らんでいた。
そして、精算で呼ばれた。
結局秋元ユキ自身が薬を望まなかったので、投薬は高血圧の薬のみだった。仙丈医師は認知症改善剤すら出さなかった。
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秋元ユキの自宅に戻った立山麻里には、もう一つのミッションがあった。秋元ユキの自宅に戻り、冷蔵庫に白駒池居宅介護事業所の電話番号を貼るというミッションだった。
麻里はこれについても悩んでいた。これまでは包括支援センターにしか電話が掛からなかったが、居宅事業所の電話番号を貼ることで、今度は事業所に一杯電話が掛かってくるのではないか、そのことによって、他のケアマネジャーたちに迷惑を掛けるのではないかと思ったからだ。
しかし、投薬を拒否したからには、電話は居宅事業所で受けなければならないとも思った。
「秋元さん、困りごとがあればここに電話してね。私がいるところだから。」
「まりちゃんのところ? ありがと~ 助かる~ 」
秋元ユキの気軽な返答だった。
麻里は、白駒池居宅介護事業所の電話番号と、立山麻里と名前が書いてあるA4の用紙を冷蔵庫に貼った。そして代わりに、月山が貼っていた包括支援センターの電話番号の書いた紙をはがそうとした。
「あ、それは剥がさないで!」
秋元ユキの鋭い声が飛んだ。
「お月さんと繋がる電話番号なんだから、大切なの!」
麻里は思わず手を引っ込めた。
「はい!」
「そうだったんだ!」と、麻里は思った。
包括支援センターの電話番号は、秋元ユキにとっては大切な命綱のひとつだったのだ。外すことができない大切な貼り紙なのだ。
麻里は、居宅事業所の電話番号を、包括支援センターの番号の上に貼った。
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