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26.祭りの終わり
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
横尾秀子 白駒池居宅のケアマネジャー
立山麻里 白駒池居宅の管理者
想井遣造 麻里の友人
正木正雄 居酒屋とまりぎのオーナー
寂しさと悔しさと
感動をありがとう
26.祭りの終わり
居酒屋「とまりぎ」は多くの客で溢れていたが、スコットランド戦とは違い、重い空気が蔓延していた。
ラグビーワールドカップ、日本対南アフリカ。
ベスト8の戦いは、後半になり南アフリカが圧倒的に優勢になった。
そして、南アフリカの強力フォワードに一気に押されたシーンでは悲鳴があがり、続いた南アフリカのスクラムハーフ、金髪のデクラークのトライが起きると、ため息で窒息死するのではないかというほどの空気になった。
そしてノーサイド。
その時の観戦者の様子は多種多様だった。
よく頑張ったよねと笑顔の人、負けたことへの悔しさで泣く人、同じく負けたことへの哀しさで泣く人、あるいはため息をつく人、がっくりうなだれる人…
しかし徐々に、本当に日本代表はよく頑張ってくれた、夢を与えてくれた、熱い思いを持たせてくれたと、感謝の思いが支配するようになった。
不思議な感覚にとらわれはじめていたのだ。それは今まで体験したことのない世界だったからかもしれない。
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試合が終わり、一人また一人と店を出ていこうとする客に、正木はくしゃくしゃに泣いている顔で、一人一人に「ありがとう」といって握手していた。
正木は自分でも訳が分からなかった。悔しさと悲しさと感動が入り乱れて涙となって溢れたのだった。
いつのまにかそんな正木の周りに、想井や立山、石田、滝谷、甲斐が集まり、それぞれに正木の肩をやさしくたたきあっていた。
「正木さん、4年後またみんなでフランス大会応援しましょうよ! 何だったらフランスまで行ったっていいしね。」
甲斐修代が明るく正木に声を掛けた。
立山麻里は、「合格」鉢巻を外し、まだ泣いている正木の首にかけた。
熱い情熱を多くの人に与えてくれた日本代表の戦いは幕を閉じた。
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横尾秀子は、ひとり、家でビールを飲みながら、日本対南アフリカの試合を見ていた。
スコットランド戦ではスタジアムで多くの人とともに歓声を上げたが、今回は静かに家で見守っていた。
横尾には疲労の重複で動きの悪い日本選手の姿が見て取れていた。
数多くの強国と試合をし、決勝リーグに何度も進出している百戦錬磨の南アフリカとの違いを見せつけられていると横尾は思った。
そう、横尾秀子は、にわかファンではなく、昔からのラグビーファンだったのだ。
やがて、ノーサイドになると、横尾は大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。一つの大きな出来事が終わった切なさがあった。
横尾はテレビの前から離れ、小さな仏壇に手を合わせた。
「負けちゃったけど、みんなよく頑張ったわよ。」
そう言うと、仏壇の写真を眺めながら、その写真に向かってつぶやいた。
「4年後、フランスへ行っていい?」
横尾は一人微笑んだ。
もし、迫りくるコロナ禍がなければ、横尾秀子はワールドカップフランス大会に行ってたかもしれなかった。
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